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常楽寺

常楽寺は天文六年(1578)上杉越中守藤原栄宗が野地の山に祈祷所を開いた。天正六年(1578)になって、上杉越中守景則が寺堂を建立。常楽の名の由来は、上杉越中守藤原栄宗の祖先の法名「常楽」からと伝えられる。上杉栄宗は縣領主となった土持氏と同行してきた。土持氏が大友宗麟に滅ぼされ、上杉家の衰退と共に常楽寺の法灯は消えかかったが、承応元年(1652)の春に再興、台雲寺五世を迎えて法要。中興開山の師とした。明治二年(1869)に台雲寺に合祀となった後、明治四年に復寺した。
特筆すべきは、ここには「ひざうえ文庫」という絵本の部屋があり、常時5千冊の絵本があるとのこと。子供たちが多い。

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正面山門
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車道門?
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地蔵石像お堂
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地蔵石像
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上杉碑名
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本殿
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本殿上
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俵尊古墳
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俵尊古墳
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俵尊古墳由来
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山門より正面墓地を見る
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藤江監物の墓(墓地内)
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六地蔵憧(墓地内)
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六地蔵憧碑(墓地内)
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六地蔵憧横の地蔵
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信徒供養柱
■笠をかぶった地蔵石像
上杉栄宗が自像を石に刻み、雨傘をかぶせて寺庭に置いたという。
■上杉碑名
上杉越中守藤原栄宗についての記録が彫刻してある。建立は明治七年(1874)、「イボ取り碑」と言われ、小豆を供えて”願掛け”拝礼すると効果があるという。
■俵尊古墳
西臼杵郡日之影町の大人で発見されたものを移した。健康を守る神として崇拝されている。
■六地蔵憧
六体の地蔵を傘部に刻み、中台に八葉の蓮片、宝珠の彫刻も見られる。
この六地蔵は初め寺院内か参道に供養等として建立されたもので、碑文によると天文六年(1537)年に建立されている。基礎石の上部に蓮弁が八葉きざまれているのが特徴。
■藤江監物親子の供養碑
ご存知岩熊井堰の悲運の家老藤江監物。
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