Back Topへ

祐国寺

昌竜寺地図

祐国寺は創建の年代については、不詳。日知屋城主伊藤祐国は文明17年(1485)の飫肥城攻撃戦で6月21日、38歳で戦死。この後伊藤一族の子孫が「祐國」の名を受け、縣(のべおか)の無鹿に仏堂「祐國寺」を創建した。開山は機道長翁和尚で、後衰退したが、寛文12年(1672)に台雲寺4世実道鎖伝和尚を請じて、再興し、昭和50年、本堂改築を機に川島の地に移った。寺内には、延岡藩主有馬直純の名が刻まれた墓石の一部がある。
  行き方は、延岡から北浦に伸びる388号線を川島橋を渡った一つ目の信号を左折、すぐ又スーパーの前を左折、川沿いに走ってゆくと村落の切れ目あたりに右に上がっていく道がある。その突き当たり。
 

参道入り口
参道入り口
正面
正面山門
正面山門
正面山門
本殿
本殿
有馬直純の墓
有馬直純の墓
下の新池を望む
下の新池を望む
墓石群
墓石群
墓石群
不許葷酒入山門
■山門脇に「不許葷酒入山門」と彫刻した石柱がある。
寺領を示す「結界石(けっかいせき)・戒壇石(かいだんせき)」で、仏道を学び、厳しい修業の場である寺内の、この”石柱”から先は、酒や臭いがして精力がつく韮(にら)や大蒜(にんにく)を持ち込むことを禁ずるーと言う戒めの石である。禅修業の妨げとなることから曹洞宗寺院に設置された。現在残っているのは、この寺と龍泉寺(高千穂町上野)だけである。
藩主有馬直純の眠る祐国寺
境内に入ると本堂側に伊藤祐国(すけくに)の五百回忌供養等があり、側に「伊藤直純」の標柱と五輪塔の基部がある。この五輪塔の基部は元禄4年(1691)に第三代の有馬永純が越後の糸魚川に移封された時、東海港から出航したが船に乗せきれず恋島祐国寺に残したと伝えられている。(昭和49年、恋島にあった祐国寺は川島に移転された。)
 
Copyright©2005 lifeplan All rights reserved.