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山陰城と西城

山陰城と西城地図

山陰城は城そのものよりも山陰(ここでは主として山陰城から西城までの間、約1km)の地形に特徴があり、山地が耳川にせまり、軍事上でも攻めにくく守りやすかったと思われます。特に東部の3城(門川城・日知屋城・塩見城)からみれば、山陰西城は道が城内を通り、耳川も直下を流れ、交通・運輸上からも入郷地区の要衝といえます。山陰城の軍事的機能は、本城と西城の二段の構えにあったと思われます。つまり、椎葉・入郷地区の人々や物資の全ての動きを抑えることが出来たわけです。そのため山陰は発展し、重要視されたと考えられます。 この山陰城の上り口には、町指定文化財の六地蔵供養憧があります。又その少し先の道上には天文14年(1545)建立の「後口内(うしろうち)の墓」(町指定文化財)もあります。さらに西へ進むと当時の西城に至りますが、現在は途中から北川の山道を通り、成願寺の裏から鶴ノ内区へ出ています。この成願寺の東側の岡が西城の跡地で現在は公園になっています。
■西城 ・・・もう片方の要。西城の跡です。
 

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六地蔵供養塔と山陰城入り口
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六地蔵供養塔説明
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六地蔵上部
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近くの弘法大師像
botan この六地蔵幢が山陰本城の入り口らしいが、今回は連れが居たので10mほど行ったところの車道を上がっていった。突き当たりまで行ったが何処にもその形跡は無いので、おそらく六地蔵の横にある小さな山道を徒歩で昇って行くのだろう。今回は時間が無くよくわからなかった。しかし横の車道は登ってはいけません。突き当たりだし、底は打つし、泥道ですし、私の車は多用途車ですから平気ですが・・・(古い軽の四駆のワゴン車、ワン公の散歩用、取材用、買い物用、その他。)
<引用資料>:宮崎の街道・・・宮崎県教職員互助会
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行きかた 日向市から国道327号線を西へ美郷町に向かう。しばらく国道と離れていた塩見川が再び接近してきたあたり、大谷川に架かる山陰橋を渡ってすぐ、道は三叉路(真ん中だけは国道で大きいが両サイドの道は狭い)に分かれる。そこを右折。しばらく行くと右側の山沿いに六地蔵幢がある。
周辺見所

山陰神社(やまげ)

■六地蔵供養塔(老谷)
市指定文化財(建造物)
拡大 地蔵菩薩は、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を輪廻し衆生を救済するとされ、民衆に大変親しみ深い菩薩である。六地蔵の造仏は室町時代にはじまり、江戸時代には六面石幢・別石六地蔵・一石六地蔵などさまざまな形状に作られている。  老谷の六地蔵供養塔は六面石幢型で、龕部に6体の地蔵菩薩、塔身には梵字「キャ・カ・ラ・バ・ア(空・風・火・水・地)」と願文が刻まれている。山陰城の将であった都甲安房守安親が配下の戦死者を慰霊して天文12年(1543)に建立している。