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山陰神社

山陰神社地図

山陰神社は、耳川に沿い、山陰城との間にある道(国道327号線)を必ず通過する要衝に位置した関係で、その水路、陸路に鎮守として古くから祀られている。主祭神は大己貴命「で東郷町史」によると、神社の数多くの棟札には延岡藩主や城代等の名が記され、当時藩の崇敬を受けていたことがうかがえます。この神社には、百済王が神門に居を定める途中に寄進されたという須恵器の瓶があります。

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入り口鳥居
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下を流れる耳川
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参道階段
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墓石だろうか
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参道
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山陰古墳の案内
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山陰古墳標柱
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山陰古墳
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手水舎
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拝殿
須恵器の瓶にまつわる次のような伝説が残されています。 福智王は赤子をこの中に入れて、神に頼んで神門へ上がられた。王が神門より比木(木城町)に帰られるとき、傍の川を黙って舟で下って行かれた。瓶の中の赤子は、親のあとを慕って「帰りたい、帰りたい」と泣いたと言う。この瓶は風の向きの静かどうかわからないが、音を立てるので村の人は「泣き瓶」と呼んだ。江戸時代か続いていると言う比木神社の御神幸は、県道ができるまでは、帰路は羽坂から舟で下っていました。

関連サイト

◇神門神社・・・比木神社の福智王の父親である禎嘉王を祀る神社です。


<引用資料>:宮崎の街道・・・宮崎県教職員互助会
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行きかた 日向市から国道327号線を西へ美郷町に向かう。しばらく国道と離れていた塩見川が再び接近してきたあたり、大谷川に架かる山陰橋を渡ってすぐ、道は三叉路(真ん中だけは国道で大きいが両サイドの道は狭い)に分かれる。そこを左折、鎮守の森に向かう。川に突き当たる左手に神社がある。
周辺見所

botan 山陰城址・・・山陰城址は本城と西城からなります。城と言うよりその耳川に迫る細長い地域の戦略上の価値が意義がありました。

山陰古墳
(宮崎県指定文化財)・・・三世紀から七世紀の古墳時代に築かれたものと推察され、周囲42m、高さ4mの円墳で周囲に隍(ほり)を巡らせている。昭和10年7月2日重要史跡として宮崎県の指定文化財になった。古来地元では千人塚と呼ばれており、周囲は西南の役のときの戦場として知られる。