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八尋殿

八尋殿の地図

八尋殿跡:(宮崎県西都市三宅字石貫)

瓊々杵尊(ニニギニミコト)と木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)が初めて逢ったのが逢初川、新居の八尋殿はすぐその上、2、30mぐらいしか離れていない。

八尋殿は尊と姫の新居の跡である。尊と姫は、事勝神(コトカツガミ)の仲人によって結ばれ、ここで結婚初夜を迎えられたが、戦況逼迫する中、尊は翌日にはやむなく蛮族の討伐に向かわれた。尊がお帰りになるまでの数ヶ月間、姫はこの地でお帰りを待たれた。やがて、わがお腹の中には新しい生命が息づいていることを知った姫は、尊に喜んでもらおうと、一日千秋の想いであったろう。

だが、数ヶ月して凱旋された尊は……。後は無戸室に続くのです。

浅学菲才

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由来等の案内板

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ここが二差路です。ここを右へ。

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八尋殿跡

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八尋殿跡と刻された石碑

八尋殿の由来

敷地が縦八尋(約15m)、横八尋(約15m)であったから「八尋殿」と呼ばれるようになった。当時は土塁もあったそうである。現況は、一辺が10mにも満たないロープ柵の敷地の中に、八尋殿跡と刻字された石碑が、ポツンと建っている。しかし周囲には花木が植えられ、敷地もよく手入れされていた。

編集後記

案内板に記紀の道とあるように、古事記や日本書記の時代の話で、その真偽はわかりませんが、そのような伝承を、大事にしておられる地元の人達の信心深さと素朴さを感じました。しかし道路に案内標識が無いため、ここに行ける人は少ないでしょう。

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行きかた 児湯の池から市街地の方へ、およそ300m行くと右に入ってゆく道路がある(案内板は無いので御注意、そこから田んぼをはさんで、民家の横にこんもりとした森が見える)。そこを右折して30m、小川を渡ったところを左折。小川と民家の間を20m程行くと、森を挟んで二差路になる。道は極端に狭いが、右折して少し上ると駐車スペースがあるので御安心を。広場の横に八尋殿跡がある。

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