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妻耶(つまや)神社

妻耶神社地図 ココ

妻耶(つまや)神社:(延岡市無鹿町)

妻耶神社(大将軍神社)は延岡から北浦に行く途中、延岡市街地のはずれ、北川にかかる川島橋の右側(東側)丘陵にあります。祭神は、イワナガヒメノミコト、コノハナサクヤヒメノミコト、オオナムチノミコトの三神です。明暦2年(1656)9月の勧請、明治4年に粟野名神社に合祀、同13年に複社。この神社は、安産や婦人病の神様として、尊崇が厚く、社殿の正面に二股大根の彫刻が施されていて、祈願開けのとき、二股大根をもってお礼参りする風習があるそうです。尚同敷地内には県指定24号古墳があります。

大友宗麟の夢・・・宗麟がこの地でかなえようとした夢とは何でしょう。
 

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神社正面鳥居

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大友宗麟宿陣の跡の碑

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参道の階段

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石碑と大木

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本殿

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社殿正面の二股大根

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古墳案内

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美しい絵馬

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神社裏側

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神社由来

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古墳案内

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裏側北川無鹿の渡し付近

botan 大友宗麟の本陣跡でもありますし、西南戦争では西郷軍が塹壕を掘り、陣地を築いた所でもあります。北側には北川が流れ、東には北川の分流である友内川が流れ、南には大武町が望めます。戦略の地であったことは納得できます。無鹿古墳群で残っているのは境内の円墳だけで、千枚岩の箱式石棺の一部が露出している。

botan この周辺には約600年前の南北朝の騒乱を逃れ、北川を下ってこの地に着いたとの落人伝説もあり、宗麟本陣跡の宅地造成では石棺も出土したそうです。友内川では西南戦争に使われたと思われる鉛玉を拾ったと言う話も有ります。古くから豊後街道の北川筋を利用する旅人が行きかい、大友宗麟の軍勢がひしめき、西南の役では兵士がかけまわった無鹿の町です。対岸は東海町の水尻で、そこへの渡し舟が平成16年(2004)年の前半まで運行されていました。
 

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行きかた 延岡より無鹿バイパスを通らず旧道を北浦方面に向かい、バイパスとの合流点の手前を右に折れる。しばらく道筋どおりに行くと左手の丘に妻耶神社の看板がある。手前の道は神社裏側まで車でいける。次の道は神社正面にあたる。入り口に宗麟宿陣の跡碑がある。
周辺見所

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