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南川山東蔵寺跡

南川山東蔵寺跡地図

南川山(別説福寿山)東蔵寺跡:西臼杵郡諸塚村大字家代字南川小払
東蔵寺は、縣の城主土持氏が創建したと伝えられ、天正八年、後の縣領主高橋氏が三田井氏の同族、甲斐兵庫守秋政公追善のため家代金鶏寺に移したという。寺跡には欠損しているとはいえ、室町時代のものと推定される数基の五輪塔、本堂と狐狸とに使い分けたと思われる石段等に、この寺の歴史の古さを知ることが出来る。山号については福寿山という説もある。

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入り口標柱
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参道と本堂
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石仏
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石仏
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石垣
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巨木
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崩れた五輪の塔
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崩れた五輪の塔
botan 先の金鶏寺住職の「金鶏寺縁起」によると、東蔵寺を金鶏寺の前身のように書かれているが、その経緯・年代については若干の疑問が残り、にわかに信じがたい。いづれにしても本寺跡をみるとき、桃山期の創建であることは間違いなく、わずか30mぐらいの間に、本堂と狐狸に区分して、登り降りしたと思われる石段が二つあり、境内はさほど広かったとは思われないが、欠損した五輪の塔数基、また墳墓の印か祭祀の後と思われる川原石多数が並べられており、歴史のふるさと古刹の面影を漂わせている。残念ながら本寺に関する記録は何も残っていない。現在は半ば朽ち果てた薬師如来他数体の木像が小祠に祀られている。(諸塚村史)
botan 寺は移転されても本堂は建替えられ、周囲も昔ながらに地元の方によって、維持されている。
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