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富高海軍飛行場跡

方財地図

昭和4年、富高飛行場として発足した。通称「赤トンボ」の訓練機で猛訓練を重ねてきた。さらには神風特攻隊の出撃基地と中継基地であった。またハワイ奇襲の際の赤城などの訓練基地でもあった。小倉ヶ浜の岩礁を標的に厳しい訓練を重ねたという。
*思うこと
ここは指定史跡では無さそうだから、この病院の方が個人で保存なさっているのだろうか。だとすれば頭が下がる。今はまだ史跡というには歴史は浅いが、そのうちに20世紀の大戦の史跡として、重要性を増すことであろう。名所旧跡を訪ねて見て、たった一つしかない史跡を住宅地その他、開発の名の下に、お金のためにつぶしてしまっているのが現状だから・・・。
 

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神風特別攻撃隊出撃の地
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(径12m、深さ3m)
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爆弾の穴
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広大な敷地
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病院前案内板
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当時の滑走路跡
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小倉ヶ浜
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塩見川対岸より
特攻基地滑走路跡 この病院の敷地一帯は、太平洋戦争中、富高海軍航空隊基地として、特に戦争末期には、第一線基地として、また特攻隊基地として重要な役目を果たしていました。この案内板のまえにありますコンクリート部分は、当時の滑走路の一部でありまして、戦時中そのままのものでありましす。現在の平和の前にはこのコンクリートの滑走路から特攻機が飛び立ったのです。恒久の平和を願うためにこの滑走路を保存するものです。
(病院前看板)
<関連リンク>
◇富高海軍航空隊・・・詳細はこちらでどうぞ。
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