田代石橋

田代橋の地図

田代橋:(大分県佐伯市宇目大字田代)>

その周囲には村落の跡や往還らしき道筋等が残されている。湖底より立ち上がる石垣は、田んぼの石垣であろうか。小川は今は泥に埋もれているが、かっては渓流であったに違いない。石橋は長年の時の経過にもめげず、昔のままの姿である。崩れたところも無く美しいアーチ形を描いている。

この石橋は、湖底から約10mの高さにあり、春の渇水期から、梅雨または台風でダムが満水になる期間を除き、10月ぐらいまでの渇水期だけ、湖面に姿を現すことがある。この石橋の規模といい、周囲の状況といい、ここにはかなりの村落があったに違いない。

浅学菲才

工業港入り口
新田代橋から見た田代石橋
工業港入り口
石橋まで下りてゆく道
工業港入り口
昔の村の跡でしょうか
工業港入り口
田代石橋(下流より)
工業港入り口
田代石橋(途中の道より)
工業港入り口
田代石橋(村の跡より)
工業港入り口
道より望遠
工業港入り口
橋の完成年月の刻字(明治41年)。完成のとき狂喜して歌い踊る姿が目に浮かびます
橋の名前
橋の名前の刻字。何か寂しそうですね
昔ながら階段
昔ながら階段。子供達の遊び場だったでしょう
橋を渡って何処へ
橋を渡って何処へ。道は上方へ伸びています。木浦に続くのでしょうか。
畑の石垣
小川から盛り上げる畑の石垣でしょうか

yahoo地図 延岡から、国道326号線の、唄げんか大橋のある道の駅「うめりあ」を過ぎ、トンネルを越え、しばらく行くと右手に田代方面に入る道がある。そこを右折、突き当りを右折、30m程して左側に新田代橋がある。その橋の上から左手に見える。橋を過ぎてすぐ、右側の空き地に車を止め、左に降りてゆく道があるので、徒歩1分で石橋に着く。

田代石橋
田代石橋は明治41年4月完成した生活橋。幅約4メートル、長さ約40メートルで、湖底から高さ約10メートルにかかる石造アーチ橋。
大へら釣りのメッカ
このダムは巨ヘラ釣りで有名。40cmクラスが入れ食いのときがあるそうです。また船を持ち込んでルアー釣りの人もいましたが、バスもいるのですかね。いたらせっかくのヘラ釣りの場所も大変ですね。いったい誰が持ち込むのでしょう。琵琶湖のバスは釣ったら処分するようになっていますが、それを聞いたある母親が「かわいそうで子供に見せられないから止めて」と言ったとか言わなかったとか。野良猫がかわいそうだからと餌をやり、自宅の周囲は猫だらけ、肉を食べる動物愛護団体、本末転倒の自己主義としかいいようがないですね。
クマタカの生息地
この地域は絶滅危惧種のクマタカの生息地で昭和56年鳥獣保護区に指定されています。私はまだ見たことがありませんが、何処にいるのでしょう。大事にしたいものです。

拡大

湖底に沈んだ田代橋

一人の中年の男性が湖畔に佇んでいた。どちらともなく話しかけると、この村の出身の人であった。時々はこのように来られるとのこと。胸中に浮かぶのは何であろう。昔遊んだ田代川での川遊び、里山での幼友達との戯れ、母親のぬくもり等であろうか。故里は水の下、その望郷の寂しさは察するに余りある。この人間不信の時代、このような人に会うと又信じたい気がしてくる。「オレ」「オレ」ばっかり言わないで本音で付き合わないかい?。

関連サイト

botan 北川ダム

このダムの建設によって田代石橋は沈みました。

パノラマ写真(508kb)

田代石橋附近の全景です。

拡大

新田代橋

村が沈んだ後、建て替えられのだろうか。

拡大

田代橋修復記念碑

編集後記

この道は、歌げんか大橋の道の駅「うめりあ」に行った時に良く通りました。昔は産直商品がいっぱいでよく行きましたね。特にうどん店のサービスの良さは抜群でした。今はもうありませんが……。時の流れというものは無常なものです。全てを変えていきます。この湖底の村も往時はどのような生活だったのでしょう。久しぶりに訪れた田代橋は、今日は湖底の中でした。しかし私はこの道は大好きです。ここから、幾つかの村を通り、峠を越えて宇目の街中に抜けます。途中には西南戦争の史跡や、峠には私の大好きなお地蔵様など、まだ梓峠がどこか良くわかりませんが、又調べてご覧にいれますね。

Copyright©2008 nAn All rights reserved.