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高千穂太郎の墓

高千穂太郎の墓地図

高千穂郷は、古来神武天皇の兄ミケイリノミコトの子孫と称する三田井氏が治めていましたが、天慶年間(938〜946)に家系が絶え、豊後の国大野郡領主大神大太惟基(おおがだいたこれもと)の長子太郎政次を養子に迎え、代々高千穂太郎を通称したと伝えられています。高千穂太郎の墓は、初代政次の墓として毎年4月15日を例祭と定め、里人により大切に祀られております。また初代高千穂太郎政次の墓の後ろには、最後の仲山城主三田井越前守親武の墓もあります。
 

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入り口鳥居
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竹やぶの中の道
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木も倒れている
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西覚寺500年記念
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代々高千穂太郎の墓所
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高千穂太郎政次の墓
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お堂
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巨木の古株と石塔
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三田井までは読めるが
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三田井親武御遺骸埋葬処
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墓石
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巨木と墓石群
関連サイト
◇宮水神社・・・宮水にある三田井親武を祀る墓所。首塚もある。
◇高千穂・・・高千穂郷の全体です。
◇三田井氏の祖の伝説・・・三田井氏の祖の父親の伝説です。

<引用資料>:宮崎の街道・・・宮崎県教職員互助会
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行きかた 高千穂峡に降りて橋を渡り、駐車場の前を通って坂道を上がってゆく。およそ1kmぐらいで右側に入る道があり、その横に鳥居が立っている。そこを徒歩で上がってゆく。300mと案内書にはあるが、山道だし結構遠く感じる。やがて薄暗い雑木林の中に歴代高千穂太郎の墓所がある。
周辺見所

botan 仲山城址

延岡城主高橋元種により滅ぼされるまで、三田井氏の本城であった。