鵜戸神宮

鵜戸神宮の地図

鵜戸神宮:(宮崎県児湯郡高鍋町蚊口上)

鵜戸神宮の祭神は、鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)である。創建は不明。日南市宮浦にある鵜戸神宮の分霊を祀ったと伝えられる。

宮崎県史跡調査(昭和5年刊)には次のように記されている。 「創建時代は詳からいずといえど、古来鵜葺草葺不合尊の御上陸の旧跡に社殿を建設したりと伝承する。本殿の西側にある高さ3尺、縦横9尺五寸の小丘は、御上陸の旧史と伝えられる。

引用:民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

正面鳥居
正面鳥居
長い参道
長い参道
狛犬
狛犬
拝殿
拝殿
本殿
本殿
拝殿内部と神鏡
拝殿内部と神鏡
古い鳥居
補強してある古い鳥居
石で囲んである
石で囲んであるが、この地域の風習なのか
芭蕉句碑(潮塚)
芭蕉句碑(潮塚)
伝説顕彰碑
紀元2600年記念伝説顕彰碑
日向灘を望む
神社より日向灘を望む
水難慰霊碑
水難慰霊碑、線路を渡り松林を抜けた海岸にある。

行きかた 国道10号線の小丸川を越えてすぐ、高鍋駅の方に左折。突き当たりの高鍋駅前を左折。蚊口上海岸に行く途中、踏み切りの手前に鎮座する。

周辺見所

botan 琴弾の松

botan 蚊口浦海浜公園

botan 高鍋城(舞鶴公園)

関連サイト

botan 蚊口浦の今昔

蚊口浦は現在とはかなり様子が違っていたみたいですが……。

寛政4年(1792)3月、高山彦九郎が当地を訪れている。

「筑紫日記」に次のように書かれている。「鯨橋なる板橋を渡る。かぐち湊なり、7百軒ばかり。鵜戸大明神、海辺松森の所に立つ。午未(うまひつじ=南南西)の方へ向かう。ふくあわせずの尊を祀る。艮(うしとら=北東)の方、土佐国也。夜明けに見ゆる事あり。百里もあるべしといふ。」

うたがうな
 潮の花も浦の春
   元禄三仲春 芭蕉

例祭は
7月17日
11月18日(現在は近い休日)
1月11日の「おすずのくちあけ」
夏祭り「渚祭り」、
12月1日「わこおくり」


記念碑 水難慰霊碑

この浜はダシのあることで知られています。昭和の始め頃から42年の間に、実に14人の尊い命が喪われています。昭和42年4月29日、道路工事中の手伝いに来ていた若者が、溺れている男性を発見し、とっさに飛び込み救助しようとしました。しかし男性はすでに死亡していて、それどころか、助けに入った一人の馬渡智広という16歳の高校生がダシにさらわれ、自ら命を落とすという悲しい出来事がありました。智広君の近所に住む歌人「安田尚義」は彼の死を悼み、勇敢な行動をたたえる歌を作り、霊前に捧げました。

宮崎歴史の道を行く

記念碑

わかい いのち
わかい ちから
わかい 熱
馬渡智広よ
かぎりなく
君の勇気を
たたえよう

蚊口上海岸、奥の方は小丸川河口、一見のどかなこの浜は、離岸流で有名なのです。

編集後記

この蚊口浦というところは歴史に満ちたところです。約千二百年程前、百済の福智王一行は、古湊(高鍋町蚊口浦)より上陸しました。上古は地形が現在とかなり違っていたらしく、この蚊口浦は島のような所であったという話を聞きました。そういえば、海岸に面していなければならない琴引きの松も、今はかなり奥まったところに有ります。またこの海岸は離岸流で有名です。多くの遭難者を出し、その慰霊塔が浜辺に建っています。

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