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東麓石窟仏(薬師磨崖仏)

東麓石窟仏の地図

東麓石窟仏:(宮崎県西諸県郡野尻町大字東麓)

ほぼ円形をした高さ138.5cm、横幅185cm、奥行き166cmの石窟内岩壁に、薬師如来、日光、月光菩薩、眷属(けんぞく)の12神将を高浮き彫りにしたこの磨崖仏は、町内では「岩ん堂薬師さま」と呼ばれ、病気の平癒を願う人々が今もあとを絶えない。

県指定史跡東麓石窟仏 昭和32年12月15日指定

引用:案内板

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案内板と狭い駐車スペース

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左側は238号線。この道路下にある。

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案内板

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入り口の山門

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このトンネルの中に磨崖仏があります。

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磨崖仏前の案内板

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大きな岩があってその中です

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入り口左側の木像

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どこかで見たような木像

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薬師三尊

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12神将、うまく撮れていませんね。

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12神将、これも同じく。ごめんね。

県文化財 東麓石窟仏(薬師磨崖仏)

・場所、形状:道路の下15m先  岩窟の高さ:138.5cm  幅    :184cm  奥行き  :166cm

・仏像の高さ  薬師如来 :63.2cm  両脇侍  :42.5cm  十二神将 :39.44cm


薬師三尊
岩窟中央の薬師如来は納衣(のうえ:僧衣)をつけ、両手を重ねて、薬つぼを持ち、蓮花(れんが:蓮の花)の台座に座っている。その左右に日光菩薩・月光菩薩が半裸に条帛(じょうはく)をかけ、それぞれの手に日輪と月輪を持っている。
十二神将
薬師三尊の左右にそれぞれ6体ずつ12神将が配されており、頭は焔髪(髪が逆立っている)と甲をつけ仏が鎧をつけ、手にはそれぞれ太刀・弓矢・鉾・斧などを持って立っている。

編集後記

磨崖仏は大分県と思っていましたが、宮崎県にも磨崖仏があるとは、初めて知りました。大分県の臼杵などから比べたら、規模は比較になりませんが……。この地域には他にも2,3箇所磨崖仏があり、推定創作年代の奈良時代、この地域に仏教文化が広がっていた事が推察されます。しかしここは、道路下で足元という事を除けば、何といい安住の地でしょう。道路の真下にコンクリートできれいに保護され、空気穴が作ってあって湿気も無く、道路が壊れない限り、永遠に今の姿を保存できるでしょうね。

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行きかた 宮崎の国道10号線から真っ直ぐ、小林方面に行く国道268号線に入り、紙屋を過ぎて、やがて岩瀬ダム湖畔の「のじりこびあ」を過ぎ、野尻大橋を渡ってすぐ、左手に案内板がある。駐車スペースはやっと一台が止まれるぐらい、左側の歩道に止める。そこから20m程階段を下りてゆく。

周辺見所

botan 永仁の碑

botan のじりこぴあ

botan 漆野一里塚

botan 紙屋関所跡

botan 岩牟礼城址

botan 古代野後駅

関連サイト

botan 臼杵磨崖仏

自然の丘陵の岩壁に彫刻された仏像。インド・中国に多いが,日本では臼杵や大谷のものが有名。

磨崖仏 仏像配置図

薬師如来を中心に日光・月光菩薩、さらには12神将が居並ぶ。

聞いて…

宮崎県に来て10年が過ぎましたが、西諸県郡って、以前近くを通って、霧島に行ったことがあるだけで、まったく知らないのです。近所がネタ切れになってきましたので、車中泊で3日間ほど行って来るはずだったのですが、道はわからないし、信号は見なければならないし、1日で疲れはてて、いよいよ夕方、さあ寝ようかと思いましたが、付近の民家からは、幸せそうな灯りがもれてきて……。赤い灯・青い灯は関係ないし……。やはり、か〜えろう。一日ももちませんでした。1日の走行距離380km。後で紹介しますが、須木村の西郷隆盛の取材に行って、綾へ下りたのがまずかった。照葉樹林帯の中を、延々と続く曲がりくねった山道は、いったい何処まで下りてゆくんだと思いました。寝ないで行ったので、帰って二日目の今もまだ疲れが取れず、記事がまとまらないのです。あ〜疲れた。