特攻第百二十一震洋隊梶木基地跡

特攻第百二十一震洋隊梶木基地跡 :(宮崎県日向市梶木)

特攻第百二十一震洋隊梶木基地跡 ここ、梶木の向ケ浜の地は、太平洋戦争が風雲急を告げる昭和20年6月、一死をもって祖国の危急をを救うべく、海軍の特攻兵器震洋艇25隻を擁し、部隊長藤岡宏太中尉以下188名の隊員が、細島基地から転進、地元の熱意あふれる協力と理解のもとに新たに基地を設営し、神社境内周辺に艇を秘匿し、日夜訓練に精進し、出撃待機をした、第121震洋特別攻撃隊の戦跡である。

大神さん
大神さんと言われる霧島神社の紹介です。。
小神さん(海神社)
海神社が「大神さん」と言われるのに対して、山向こうの丘の上にある霧島神社は「小神さん」と呼ばれています。

標柱

震洋五型艇とは、長さ6.5mのべニア作りのモーターボートの頭部に250瓩(キロ)の炸薬を搭載、敵艦船に自ら高速で体当たり、肉弾攻撃を敢行するものであった。搭乗員は、部隊長・艇隊長並びに年歯僅か15〜18歳の三重海軍航空隊乙種飛行予科練習生出身、計54名が配された。他に基地隊。整備隊・本部付の各隊員がよくこれを支援した。この地に駐屯すること二か月有余、時利あらずして悲願むなしく、終戦を迎えた。 今はここ霧島神社境内の往時の艇掩体壕の跡地に戦跡を記念して標柱が建立されている。

現場案内板より

編集後記

太平洋戦争も末期、この地域に命を懸けた若い集団が日夜訓練に励んでいた。僅か70年前の出来事である。空からの空襲を避けて、この神社境内の森林の陰に、特攻艇を隠していたのであろう。

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