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杉ヶ越大明神

杉ヶ越大明神地図 ココ

杉ヶ越大明神:(宮崎県日之影町奥村)

杉ヶ越大明神として尊崇されてきた奥村神社は、明治初期に廃社になり、天岩戸神社に合祀されたが、住民は今でも奥村神社の氏子として、旧暦9月9日例祭を行っている。祭神は彦火火出見尊、豊玉姫尊で、高千穂八十八社の一つに数えられている。鎮座する杉ヶ越は大分県と宮崎県の県境、海抜915mの地点にあって日向と豊後を結ぶ古道である。かっては大吹・見立・嘉納・木小屋鉱山の製品や林産物などがここを通って竹田や臼杵方面に運ばれ、竹田や臼杵方面からは鉱山に必要な道具や器具、日常生活物資の米・麦・海産物などが運ばれた峠である。昭和32年まで杉の大木があったが、発電所建設資金のために伐採された。
 

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木浦内トンネル

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山並みの絶景

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杉ヶ越トンネル

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案内板

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上り口と登山者への注意

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杉薗大明神

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杉薗大明神本殿

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古い巨木の切り株

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このような坂道を登る

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豊後への道

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鳥居を上から

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登山道案内

杉ヶ越地図 杉ヶ越トンネルを抜けると南国(宮崎県)だった?。抜けたらすぐ左側に、少しだけ車の駐車スペースがある。傾山登山の人達の車がいつも止まっている。そこに案内板がある。上り口には何というのだろう、登山名簿かな、それに必要事項を書いて登山する。私はすぐそこの神社までだが、登山者になりきって名前を書いてみた。そこの杉の木立の間から急傾斜の坂道の登山道に入る。まるで獣道だ。滑りそうになりながら、何回か休憩してやっと山の稜線にたどり着いた。若者なら5分くらいの距離だ。登りきったところに道らしきものがあり案内標識が立っている。そこを右折してすぐ左手に神社があった。鳥居の社名を見て「アレッ名前が違うぞ」。しかし、そのすぐ傍には、根廻り10mはあろうかという杉の巨木の残骸が、半分朽ちはてながも、未だに往時の自己の存在をアピールしている。やはりここか。しばらく「傾き山」の方に歩いてみた。巾はおよそ2m程はあろうか。最近は登山道ということであまり整備されず、ところどころ雑木が道を占拠してはいるが、ところどころにシッカリした石垣があり、間違いなく古道である。以前諸塚で聞いた話を思い出した。昔の山の稜線道は「一旦登ってしまえば後は楽」なるほどと思った。降りることは楽だった。入り口の登山者名簿に時間を書く。「30分後」、管理人さんは変人だと思っただろう。
 


編集後記

写真は何でこのように難しいのか。オートフォーカスなのに撮れない。これはHP用に使っているフジ150万画素であるが、神社や墓などで時々おかしくなる。この前は女郎墓の取材でそうなったあ。今回は時間が朝方、逆光、夏の強光の木漏れ日、勿論坂道を登って疲れての手ブレ。人生を必然と見るか、偶然とするかの問題であるが。深夜、古道を歩く白装束の人たち……。この道は当時鉱山に続く道なのだ。(冗談ですよ……!)

鬼 変な写真(失敗作)・・・おかしな写真ですが、旧街道の様子はわかります。

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行きかた 国道326号線から延長45kmの「宇目〜日之影線」に入る。そこから日之影に向かい、最近出来たてのバイパスを通り抜け、山道にかかった頃、旧鉱山の町「木浦」に着く。そこを過ぎ、茶畑の段々畑の間を抜け、道は山道に入ってゆく。狭くて走りにくいということは無い。退屈な山道だが、やがて狭いトンネルに着く。中は水滴がポタポタ落ち、ずーと向こうに出口が見える。何か不気味ささえ感じる。木浦内トンネルと書いてあった。そこを抜けるとそれまで木々にさえぎられ、視界の悪かった景色が一変して、ところどころではあるが「眼下に広がる大パノラマ」というような所もありチョッと一休み。やがて杉ヶ越トンネル。国道326号線から15kmの距離である。
周辺見所

botan 木浦鉱山

botan 連光寺湧水

botan 英国館(見立鉱山)

botan 神太郎水神

botan 七折用水

botan 石棚

botan 石垣の村「戸川」

関連サイト

botan 杉ヶ越大明神伝説

杉ヶ越大明神に伝わるタブーや伝説など(文章のみ)

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登山届

面倒でもちゃんと記入するようにしましょう。何時何があるか分かりません。命の綱です。