下野八幡宮

下野八幡宮の地図

下野八幡宮:(宮崎県東臼杵郡高千穂町下野)

下野八幡宮は、建久3年(1192)、岩戸山裏村(現在の大字上岩戸)二ツ嶽(ふたつだけ)に祀られていた正八幡を大神惟元公がこの地に移し、高千穂太郎政信(まさのぶ)公の時代に境内を整え、社伝を建立した。宝治3年(1249)6月16日には、政信公自らが参列し、大祭が行われた。

段丘に開けた迫田の間を、縫うように造られた村道を登ってゆくと、八幡宮の森が見えてくる。社前の村道を大きな杉の大樹が、太い枝に葉を一杯につけて覆っている。この神社には、二本の天然記念物に指定されるほどの大樹が現存している。老いてますます盛ん、樹勢は衰えを知らない。しかし、かって大友宗麟が土持氏攻めの時、別働隊が近くの玄武城を落としているが、この大樹は燃えなかったのだろうか。

浅学菲才

工業港入り口
神社入り口鳥居
工業港入り口
逆さ杉の巨木です
工業港入り口
社前の道路を覆っている
工業港入り口
有馬杉と二王様(阿形)。名工利吉の作(文政6年:1823)
工業港入り口
仁王様(吽形)名工利吉の作(文政6年:1823)
工業港入り口
参道の階段
工業港入り口
拝殿
工業港入り口
天然記念物のケヤキの大樹
工業港入り口
本殿
工業港入り口
天然記念物のイチョウの巨樹
工業港入り口
神社全体
工業港入り口
力強い仁王様の後姿(これを見て育つ子供はどんな子に?)

行きかた 高千穂町から国道325号線を高森町方面へ。下野の荒神橋を渡ってすぐ右折。500mほど行くと民家が左手に二軒並んでいるのでそのはずれを左折して、狭い道を上って行く。突き当たりの右前方に見えるこんもりとした森に鎮座する。(橋を渡ったところを右折せず真っすぐ行って右折しても行ける。案内しづらいので、橋を渡ったら、右折しても、真っすぐ行っても、一つ目ぐらいの交差する地域)

下野八幡宮の巨樹たち(国天然記念物)

境内には 社殿横にはケヤキ、石段を登りきるあたりの左にイチョウ、右に有馬スギ(608cm)、参道入り口には「逆さスギ(777cm)」などの巨樹が見られ、樹林全体が町保護樹木に指定(昭和49)されている。ブッポウソウという美しい鳥も渡って来る。有馬スギは高橋元種が改易となった後延岡藩主となった有馬直純が島原の乱に出陣する際、戦勝を祈願して植えたと伝えられている。また逆さスギは那須大八郎が平家追討のため椎葉山に赴く途中、戦勝祈願のため、参拝し、スギの穂を逆さに挿して根付いたものといわれている。

■下野八幡宮のイチョウ

社殿の左手にイチョウはあります。雄株のイチョウで、地上5m位のところで数本に分岐し、エリアを広げ、まるでパラシュートが開いたみたいです。

1951(昭和26)年国の天然記念物に指定 高さ:40m 幹回り:9.5m 根回り:11.5m 枝張り:東西に34m、南北に23m 樹齢:約800年

パノラマ写真

■下野八幡宮のケヤキ

下野八幡宮の社殿の右手に、ケヤキがそびえています。大きな根が張り出して大自然の力強さを誇示しているようです。

1951(昭和26)年国の天然記念物に指定 高さ:40m 幹回り:7.5m 根回り:14m 枝張り:東西に26.4m、南北に36m 樹齢:約700年

有馬公の戦勝祈願・記念の有馬杉

戦国時代の長い乱世が終わり、徳川三代将軍家光の時、島原の乱が起きました。その時、延岡藩主有馬直純公は江戸に居り、取り急ぎ嫡子有馬康純に出兵を命じます。康純は寛永15年(1638)正月、兵をまとめて島原へと出陣しました。途中八幡神社に立ち寄り、戦勝を祈願しました。反乱を平定して延岡へ帰路に着いた直純・康純親子は、戦勝報告に再び参拝し、太刀一振(無名・現存)を奉納しました。また戦勝記念に自ら手植えした杉と伝えられており、後世村人たちが何時ごろからか「有馬杉」と呼ぶようになりました。

八幡神社摂社

摂社

拝殿右側の摂社「日開ノ神」

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八幡宮と竜伝説

社伝下の弓道場は、昔大きな池でした。天正6年3月(1578)、豊後国(大分県)大友宗麟へ兵火により社伝が炎上した時、その池から大蛇が立ち上がり、火を消そうと池の水を浴びて火に立ち向かいました。しかし、とうとう力尽き、東の方200m程の草原で息絶えました。村人等は大変悲しみ、長々と倒れていた大蛇の頭と尾のところに供養のための石を建てました。その地を「長尾野」と呼び、今も集落名として残っている。



編集後記

これだけの巨木が一箇所に残存しているところも珍しい。この神社の効能?失礼、霊験は何なのだろう。取材の途中、一台のタクシーが停まった。中年の女性二人が降りて来られた。お参りに来られたとの事。わざわざタクシーで、御利益でもあるのだろうか。卑しいね私は。神社といえばすぐ御利益とくる。こういう考えだから災いが降りかかる。後5分で、災いの渦中にいることになるとは露知らず。人生一寸先は闇なのです。(次の旧鶏足寺にて記す)。

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