三ヶ所神社奥宮(旧二上神社)

杉安井堰の地図

三ヶ所(さんかしょ)神社奥宮(旧二上神社):(西臼杵郡二上山)

突然に現れる風景は、そこが何処か、後で考えてもなかなか辻褄が合わない。 拡大 時折、残雪の合間から覗いているフキノトウに足を停めながらも、どこまでも続く林道に退屈しそうになっている時、森の合間から、突然異彩を放つ風景が目に飛び込んできた。懸崖の上に建つ神社である。そこまでは長い階段が通じている。天空の神社、あまり見慣れない風景に度肝を抜かれる。参道入り口からは、その全容は森の木立に隠れて見えないが、下の駐車場に車を止め、急坂を登ると仮拝殿があり、その細部が見えてくる。しかし全容は、やはり森の合間から見た風景が勝る(そこで写真を撮るべきだった)。そこから奥宮まで、今度はもっときつい急坂である。岩肌に添う様に造られた、鉄筋の階段を上っていると、崖に穴を掘り木を打ち込んで造った、昔の絶壁の通路を渡っているような錯覚を覚える。そこを過ぎ短い九十九折れの小道を登ると、社殿を覆わんばかりの巨岩の下に奥宮が鎮座している。駐車場から15分ぐらいである。

奥宮から上に路はまだ伸びている。男嶽への登山ルート。稲荷神社や二上山神社等、途中の分かれ道まで行ったのだが、また途中であきらめた。駐車場で弁当を食べながら待っている人が気になったのだ。最近良く一緒にくる(山ノ神)。

浅学菲才

駐車場
奥宮入り口の駐車場です
登山道
この登山道を登って行きます
第一の鳥居
第一の鳥居です。駐車場からすぐですが。
杉の越
杉の越。最初は緩やかな坂道です。
古い石の祠
道端の古い石の祠。お地蔵様は隠れてしまわれた。
急坂
道はかなり急坂になります。燈篭が点在しています。
仮宮
仮宮というべきか。足の弱い人の遥拝殿です
その横を上って行きます
その横を上って行きます。上の階段がここからでは良く見えません。
階段参道
奥宮に至る階段参道です。あ〜シンド。
上から見た階段参道
上から見た階段参道です。下は崖です。
コンクリートの階段
やがてコンクリートの階段に変わります。
奥宮が見えてきました
坂道が緩やかになって、いよいよ奥宮が見えてきました。
崖下の奥宮
崖下の奥宮です。昔はここにあったのですよ。どうやって来たの?
奥宮拝殿
奥宮拝殿です。
奥宮全体
奥宮全体。奥のほうも行けますね。今回は行きませんでした。
奥宮頭上の崖
奥宮頭上の崖です。刃先を下にして、刀身を上に吊って寝る侍の心境かな?、神様は。

Goole地図 もちろん五ヶ瀬町の三ヶ所神社横付近からもいけるが、今回は高千穂町秋元神社の取材もかねたので、高千穂バイパスを通り、天翻大橋を渡り五ヶ瀬川対岸に出て、三叉路を右折、突き当りを左折して県道205号線、50号線に入り、秋元川沿いに六峰街道に向かった。向山のカツラの巨木を右に見ながら、景色の雄大な山岳道路を登ってゆくと、やがて六峰街道に出る。そこを右折して五ヶ瀬方面に向かう。途中諸塚山の遥拝殿の方は左へ分岐するが、そちらに行かず、そのまま真っ直ぐ五ヶ瀬に向かう。やがて目の前の高台に奥院が見える。

周辺見所

  秋元神社

  諸塚山(編集中)

  浄専寺(編集中)

関連サイト

ボタン三ヶ所神社

三ヶ所に鎮座する日向二上山西本宮です。すばらしい彫刻の社殿にお目にかかれます。又宮司御夫妻の親切な応対にはビックリさせられますよ。

パノラマ写真

奥院からのパノラマ写真です。

記念碑 遥拝所のご案内

ここからが多少きついため、体力に自信の無い方は、ここで遥拝してください。

二上山男嶽登山道

登山道

奥宮横から二上山男嶽の登山道があります。

鳥居

まずは上にある稲荷神社の鳥居です。

分かれ道

鳥居を過ぎると分かれ道があります。四狭路ですね。今回はここまで。

二上山道標

二上山は左へ。そこから10mくらいで甲斐有雄翁の二上山道標(歌碑)です。

■愛染木

愛染木 ひめしゃらともちの木の根元が抱き合って育った珍しい木で、あたかも二人の愛情を示しているようです。

現場看板より

カップルの新しい名所になればいいですね。

■甲斐有雄翁の二上山道標

二上山道標

日の本の豊あし原の はじめより とうつ神祖の二上の山

甲斐有雄翁とは、
肥後尾下村多々野村生まれの石工。  生涯に、約190基にもおよぶ道標を建設しました

■杉の越

拡大 戦国時代の古文書によれば、臼杵二上峯のこの場所は交通の要所であって、筑前・豊後・日向・肥後の中心をなしており、西南の役には、西郷軍もここを通っています。ここにあるお地蔵様はその頃からあり、通行人の守り神で、内の口甲斐尚雄家の守り神でもあり、今でもお祭りを続けておられます。

現場看板より

薩軍敗走の道

拡大 拡大

線刻してあるのですが、見えにくくなっています。

薩軍がこの峠を通過したのは可愛岳を突破し、鹿児島へ帰還している時になります。8月22日、三田井(高千穂町)の戸長役場を出発した西郷達はこの杉の越を通過し、五ヶ瀬町方面へ向かいました。

三ヶ所神社奥宮(旧称二上神社)の由来

祭神は伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉册尊(イザナミノミコト)瓊々杵尊(ニニギノミコト)猿田彦尊(サルタヒコノミコト)の4神。の4神。

二上山は、神として崇めた山岳信仰の山である。後に二上山男嶽の南面9合目付近の岸壁に、小祠を建立した。しかし、山が高く険しく、特に冬の積雪の時などは参拝が大変な苦労であったので、里に下ろそうという話になったが、高千穂と五ヶ瀬の分水嶺ということもあり、どちらに下ろそうかと、その遷宮の場所について問題となったが、話し合いがつかず、それではということで、両方に下ろすことで合意に達し、東(高千穂地方)は小谷内に、西(五ヶ瀬地方)は内の口に、それぞれ社殿を建立した(社殿では昌泰年間とある)。これが事実上の分社である。

分社後600年も経た天文年間、いろいろな諸問題もからんで、双方の社家の間に本宮争いが起こり、不穏の状態が続くので、三田井城主、三田井越前守親武が仲裁に入ったが、不成功。肥後御船城主甲斐親直の仲裁によって、和議が成立した。内容は杉が越を境に近距離の位置に両社がある事は、将来再び紛争の起こりやすいことを憂い、社殿移転をすることとなった。それで両社とも現在の社地に遷宮している。

近年(平成3年11月全線開通)男嶽と女嶽の間を広域基幹林道が通って、日之影・高千穂・諸塚・北方・延岡方面と通じ、元二上神社の真下を通るようになったため、天孫降臨の聖地二上山9合目に、昭和天皇御在位60年奉祝事業として、元有った場所に三ヶ所神社奥宮を建立し、北面に参道を造り、末社二上山稲荷神社、二上山山神社、また奥宮の下に二上山乳ヶ巖水神社を建立した。

春には、一面の岩つつじ・あけぼのつつじ、秋には紅葉、冬には雪景色、秋・春には広大な雲海と、四季折々の景観を楽しませてくれる。

余談ですが、この近くにある「笹の越」は戦国末期伊藤義祐一行が、豊後へと落ち延びた道であります。地図にもありますが、ここから、かって三ヶ所神社があった内の口へと抜けています。歴史でいっぱいの交通の要衝だったのです。

ツララ

ツララ

男嶽と稲荷神社の分かれ道にさがるツララ。厳寒期には寒さ厳しい場所なのでしょう。

燈篭

参道に並ぶ灯篭

正月、春祭り、盆、秋の紅葉時などに、午後十時まで点灯されるらしい。40基の燈篭、山上のイルミネーションか?。

編集後記

六峰街道の延岡方面は良く通るのですが、こちらは初めてでした。山ノ神がどうしても天翻大橋を渡ってどこに行くか行きたいというので、前回秋元川の巨石群の取材で、秋元神社を訪問することを忘れていましたので、これもいい機会かなと軽い気持ちで来たのですが、五ヶ瀬へ抜けようということになり、ここ奥院を発見したのは本当の偶然でした。アッタゼ!こういう時は興奮しますが、後になって地図を調べるのが大変でした。しかし宮崎でも雪が降るのですね。私達は仕事で北陸方面が長かったので、久しぶりの雪景色、小さな雪ダルマを造りました。懐かしかったですね〜。

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