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大武港跡と松原往還

大武港跡地図

大武港は大友宗麟が天正六年(1578)に侵攻したおり、急峻な梓峠越えの山道は困難を極めたために、海路の必要性を感じて、大武に築港したのが始まりと言われている。町中の道が港につながり、その北側の角が讃岐屋跡です。大阪などへの商船の船着場でした。また参勤交代の折は、休息や宿泊所になったと伝えられていますが、現在は崩れた石垣が残っているだけです。現在の高校付近には千石船や百石舟がの舳を並べていました。大武港は徐々に土砂がたまって浅くなり、最後は葦が茂り、埋め立てられて現在の延岡港になります。
 

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豊後街道へ
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讃岐屋跡
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海だった延岡星雲高
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讃岐屋跡石垣
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讃岐屋跡石垣
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大武川
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この大木は海岸にあった
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松原往還
■昔の松原往還絵・・・田んぼの中に松並の一本道が伸びている。先は無鹿の渡しだろう。左に行けば和田越えか。
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