Back Topへ

大野神社

大野神社地図

大野神社は俗に酒井大明神といわれている。(伝説)今から300年前、門川から彦之進という人が祝子へ移ってきた。多分養子になったのであろう。彼は毎日農業に一心に働いていた。今日は彦之進は田廻りをしてその途中川へ行った。大雨の後だったので川は水で一杯であった。フト対岸に眼を移した。もう日は暮れかかっている。その薄闇の中に青白く何かが燃えている。「怪しい火だ。その火よ、心あるならこの川をさか上がれ!」と叫んだ。不思議不思議、怪火はその声に応じて祝子川をずんずんと遡り、あるところで止まって、なおも燃えている。日がまったく暮れたのでその日は彼は家に帰ったが、その夜は怪火が気になって眠れなかった。夜が明けるのを待って怪火のところに行ってみた。そこで彼は怪しい光を持った玉を拾った。そして「昨夜の怪火の正体はこれだな」と思い、敬虔な彼は早速大野と鹿々瀬との間に祠を立て、境大明神と称した。この人から五代目の政彦という人が大野の中腹に移した。そして境という文字の変わりに酒井という文字を用いることにした。伝えによると、祝子川の上流に七柱の神を祀ったお宮があり、そのうちの一柱の御神体があの大水のときから姿をくらましていられる。確かに酒井大明神はその七柱の一柱でいらっしゃる。
引用:日向の伝説(鈴木健一郎著)
 

拡大
神社入り口
拡大
拝殿
拡大
神社より大野村落
拡大
鳥居(明治31年・・・)
botan七柱の神:七福神(恵比寿天・大黒天・毘沙門天・弁才天・福禄寿・寿老人・布袋和尚)のこと。

今回は伝説の調査で行ったので、神社の祭神や由来などはわからない。伝説が本当であるとすれば流れてきた一柱は七福神のどの神であるのか。またどこの一柱少なくなった七柱の神を祀ってある神社はどこなのか。解らない点が多い。

Copyright©2005 lifeplan All rights reserved.
行きかた 県道延岡岩戸線を祝子に向かい、大野バス停の左手山麓にある。県道から鳥居が見えるから直ぐわかる。
周辺見所

botan 土持神社・・・松尾城が大友宗麟によって、落城した後、土持氏が自刃した跡。