善光寺磨崖仏

善光寺磨崖仏 :(大分県豊後大野市朝地町上尾塚1225)

上の庚申塔が居並ぶあたりで、道がどうしても解らないので、丁度通りかかった少年に道を聞いた。「この道は最後は細くなるけど、子供でも行けるよ!」教えていただいた。下へ下へ降りて行ったら、今度は善光寺の寺社内まで車を乗り入れてしまった。まったくもう不遜の至りである。それでも門前で何とかUターンだけは出来た。(善光寺と善通寺を間違ってしまい、ナビがきかなかったのです) 門の横から左に道を下りてゆくと、花は咲いていないがアジサイ畑がある(アジサイ寺と言われている)。その中に全体を見渡せる展望台があり、さらに行くと手に届く所まで行くことができる。実に大きいし、洞窟内には無数の仏像が安置されている。

善光寺
善光寺
磨崖仏への案内
磨崖仏への案内
工業港入り口
全体像(展望台より)
巨大な仏像
巨大な仏像。
奥の分院
奥の分院
洞窟内の仏像群
洞窟内の仏像群
仏像
仏像群の中で中心的な仏像、何だろう?。
分院の彫刻
分院の彫刻
磨崖仏とは
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善光寺磨崖仏

鎌倉時代に起こったとされる善光寺は善光寺筑紫尾寺(ちくしおじ)と呼ばれていた。しかし江戸時代、筑紫尾(ちくしお)が畜生(ちくしょう)に聞こえるので、筑紫尾を山号として善光寺と名を改めた。

この寺には巨大な磨崖仏がある。像高は8mとも12mとも言われ、全国でも最大級の磨崖仏である。およそ800年前に作られたとされており、中央の巨大な仏像が不動明王、その両脇、向かって右に矜羯羅童子(こんがらどうじ)、左に制多迦童子(せいたかどうじ)がある。不動明王とは憤怒の相、つまり怒った顔をしているものであるが、この磨崖仏は長年風雨にさらされ丸く優しい表情になっていて、大きな磨崖仏だが、とても親しみの持てる姿となっている。

磨崖仏 磨崖仏が作られた岩盤

豊後大野ジオパークには9万年前阿蘇山が起こした火砕流が固まったもの、阿蘇・4溶結凝灰岩を多く見ることができ、たくさんの磨崖仏がそこには刻まれている。阿蘇山はこの9万年より以前にも大きな噴火を繰り返しており、およそ12万年前にも大噴火を起こした。その時も大規模な火砕流を起こし、周囲を覆いつくして冷えて固まりまった。その固まった岩が阿蘇・3溶結凝灰岩と呼ばれている。善光寺の阿蘇・3溶結凝灰岩は、溶結(固まり方)が弱く、もろい性質を持っている。不動明王のお顔が優しいのもその影響があるのかもしれない。

現場案内板より

編集後記

このような巨大なものを、いったい誰が何のために作ったのだろう。信仰の為か、心の安らぎのためか、お坊さんか、貧困にあえぐ百姓か、いづれにしても相当な苦労であったろう。 それはさておき、今度はアジサイ満開の時に」来てみたいですね。

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