西郷隆盛宿陣の跡、小野熊治宅

小野熊治宅の地図

西郷隆盛宿陣の跡(小野熊治宅):(延岡市祝子町上祝子)

鬼の目山の、斜面に開けた段丘に、点在する水流集落、目の前を祝子川の清流が今も往時そのままに流れている。8月という猛暑の中、しかも山中、連戦につぐ連戦であった西郷軍にとって、そのせせらぎは、一時の生の感覚を与えてくれたに違いない。

明治10年8月18日、可愛岳の囲みを破った薩軍は浜砂(はまご)で政府軍と交戦、地蔵谷の林中に入り野営した。 19日は、早朝から祝子川に沿って西に進み、下祝子川田下(荒茂:あらも)で政府軍第一旅団川崎少佐の食料分配所を襲い食料弾薬を奪い、17日夜半以来の空腹を満たした。 西郷は、農家小野熊治宅に宿泊した。 薩将桐野利明は、佐藤三二等50余名を先鋒隊として、鹿川越え(ししかわ)から三田井への進路偵察を命じていいる。

参考:現場案内板

工業港入り口
案内板
工業港入り口
わざわざ出てきて教えていただいた小野熊治宅のご主人。
工業港入り口
前の田園風景です。右隅に祝子川があります。
工業港入り口
上ってきた道です。右側は案内板。

行きかた 延岡市街から祝子川沿いに、県道207号線(延岡〜岩戸線)を遡る。祝子川ダムを過ぎるとまもなく三叉路にがある。そこを左折、上祝子橋を渡ってすぐ、三叉路になるので右折して集落の方面に上ってゆく。200m(私の距離案内には200mが多いが、すぐという意味です)位行くと左手の民家が小野熊治宅です。案内板があります。

周辺見所

  モウソウキンメイ竹林

  西郷隆盛露営の地(地蔵谷)

  県道延岡〜岩戸線(編集中)

関連サイト

botan 西南の役

今も多く残る西南の役の史跡です。

botan 可愛岳登山

登った季節は秋の終わり、盛夏と違って虫はおりません。しかし彼らの通った南ルート、私にとっては大変な道でした。

■多くの墓石

拡大

西郷隆盛宿陣の跡の案内板の道路向かいに、見るからに無縁仏と思われる墓石群があった。ほとんどは自然石そのものであるが、全ての墓前には、花が丁寧に飾られていた。

■西郷軍行程

可愛岳突破から五ヶ瀬町までの、西郷軍の行程です

8月18日  可愛岳突破
8月19日  祝子川へ出て小野熊治宅宿陣
8月20日  鹿川越、鹿川峠、湾洞川越へ
8月21日  岩戸から三田井へ突入
8月22日  五ヶ瀬町・坂本
編集後記

ここは過去何回か来た事があります。当時の目的は、単にドライブだったり、山菜だったり、犬の散歩だったりでした。歴史というものはその気にならなければわからないものですね。案内板も見えません。そういえば、地元の人に聞いても、地元ゆえに知らない人が多いですね。私の育った長崎県島原半島の諏訪の池は、遠足で行きますと、よく石器時代の鏃などをひろったものですが、今から考えると宝を拾っていたようなものでした。「チクショウ〜」漫才の真似ですよ。

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