Back Topへ

延岡隊最後の奮戦地

西南の役延岡隊最後の奮戦の場所地図

西南の役延岡隊最後の奮戦の場所
明治10年、西南戦争が起こるや旧内藤藩士を中心に党薩延岡隊として参陣した。大島景保を隊長として第一陣180人は延岡を出陣し、熊本百貫石の守備についた。その後、熊本に敗れた薩軍と共に、五ヶ瀬・高千穂・日之影と各地を転戦敗走し、8月13日松山の松尾城にて一夜を明かした。翌14日早朝、岩鼻から舟で渡り、西に向かい野田に達し、川をはさんで官軍と応戦した。やがて薩軍の北川方面への退却を知り、今はこれまでと延岡隊四十余名は、官軍に降伏を申し入れ、武装解除のうえ収容された。この地野田は延岡隊最後の奮戦地となったことを記し残す。(看板より)

phot
標識と案内板
phot
案内板
phot
奮戦地となった天下橋
phot
天下橋と周辺
この戦争には延岡士族も延岡隊を編成し、薩摩軍に味方して各地に転戦した。のちには農兵隊も組織され、守備、連絡、補給の任務についた。延岡兵の出動人数は475人、小荷駄75人、農兵隊840人、死傷者数は死亡78人、負傷89人、である。

西南の役とは

Copyright©2005 lifeplan All rights reserved.