Back Topへ

中山神社

中山神社地図 ココ

中山神社:(西臼杵郡門川町宮田)

天安元年(857)、文徳天皇の御世に出雲大社から、分蔵野地引山に勧請創建されました。オオアナムチノミコト(大己貴命)など四神を祀っています。オオアナムチノミコトは、因幡(いなば)の白ウサギを助けたオオクニヌシノカミ(大国主神)のことで、色好みの一面を持った神様です。

往時は狭い参道の石段で若い男女がすれ違ったとき、恋が芽生えたともいわれ、いつしか「中山さん」は、縁結びで有名になりました。また商売繁盛にも御利益があり、毎年1月7日の裸祭りには、およそ5万人の人出で賑わいます。早朝から参道にたくさんの露天が立ち並び、特に植木市は人気があるそうです。

拡大

入り口神社石柱

拡大

一の鳥居

拡大

二の鳥居と常夜灯

拡大

拝殿

拡大

拝殿近景

拡大

本殿

拡大

杜の中の多数の神棚?

拡大

昔の鳥居だろうか

botan 当時延岡地方を治めていた土持氏は、当社を敬い、城主の左三ツ巴紋の神鏡を一面寄進したという。 その後、戦国時代に薩摩の島津氏と大分の大友氏が絶えず戦いをしたときには、島津氏の出城ともなった。門川城(狗山城)の城主、米良四郎征門被次は、この神社を城の鬼門よけとして、狗山の地に移した。さらに徳川時代にいたり、御花園天皇の御世である康正2年(1456)7月7日に中山の地に遷座され、中山大明神と称した。享和三年(1803)、社頭での下り藤の紋(内藤氏家紋)の使用許可も出るなど歴代藩主の崇拝を集めてた神社である。また縁結びの神として広く慕われており、毎年1月7日には大祭が行われる。

botan 臼太鼓(うすだいこ)踊り 豊臣秀吉が朝鮮遠征の際、凱旋祝いに踊ったものと伝えられ、現在では青年が農作業も済んだ初冬の夜、10日以上の練習を重ね、中山神社、門川神社、八坂神社の祭礼に奉納している。踊りはウチワ・旗などを背負い、鐘・太鼓を打ち鳴らす勇壮なもの。

Copyright©2005 nAn All rights reserved.
行きかた 門川町の国道388号線を美郷町北郷区に向かい、小園井堰の手前の信号(広域農道)を右折、延岡方面に向かう。しばらくすると左側に五十鈴小学校があり、右手丘は戦国時代の門川城跡である。そこからすぐ左手に鎮座する。
周辺見所

botan 門川城

botan 小薗井堰

botan 小松寺跡

関連サイト

botan 裸祭り

botan 神社にまつわる河童伝説

botan 大野丹後の製塩伝承