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仲瀬神社

野々崎橋地図

仲瀬神社には「東郷町史」によると次のような伝説があります。 天文・弘治年間(1532〜1557)常富村日知屋城主の領地に塩釜がありました。ある時、塩がまが結晶せず、多くの山伏に祈祷してもらいました。しかし効果は無く人々は困りました。そこで野々崎(東郷町)の住人、野々崎丹後に祈祷してもらったら、見事に製塩することが出来ました。人々は丹後の徳をたたえました。しかし、山伏たちはこのことをねたみました。丹後は襲われることを知り、飼っていた鶏を一緒に連れて隠れました。鶏の鳴き声で丹後は見つかり殺されました。村人は丹後が殺されたことに憤慨、この霊を慰めるために天正15年(1587)に社を建ててオオナムチノミコト(大国主名)と合祀して祀りました。土地ではこのことから今でも鶏を飼わない習慣があるそうです。神社は今も鎮守の神として手厚く守り継がれています。

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入り口鳥居
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階段参道
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拝殿
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手水舎
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本殿
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「こ」か「ね」か?
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神社下の横の地蔵さん
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神社下の横の地蔵さん

賽銭箱の横の置物の「子」はどういう意味なのだろう。ただ単に今年が子年だからか。あるいは百済王の師走祭りとの関係か。よくわからない。

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行きかた 牧水生家から300m手前に野々崎橋がかかっています。この橋は明治44年(1911)三月に完成しています。富高から神門まで県道が開通した後、坪谷に今も残されている二つの石橋とともに架けられた、当時としては画期的な工法の眼鏡橋です。この橋の袂から参道を行くと、仲瀬神社があります。
見所

botan 野々崎石橋
botan 若山牧水生家
botan 牧水生家裏山と歌碑
botan 牧水の墓
botan 牧水公園
botan 坪谷番所跡