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中の瀬の渡し

中の瀬の渡し地図

祝子川の中の瀬の渡しは、国道10号線祝子大橋の西方、日豊本線の鉄橋の手前あたりです。祝子川の南側の堤防に防水扉がついていますが、そのあたりが渡し場跡と思われます。付近には数本の巨樹が茂り、その下には岩無龍位水神の石碑があります。相当古いもので渡しの安全を祈る水神様でしょう。JR鉄橋を過ぎたあたりに明治42年建立の石塔がありますが、JA日豊本線の開通は大正12年ですから、それよりも古い石塔が何でそこにあるのか。詳しいことは専門家にお任せして、空想の膨らむところです。中川原の三軒家を通っていた豊後街道が、そこに出ていたのでしょうか。

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歴史を見守る大樹
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川を守る岩無龍位水神様
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水神様の改修記念
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大樹と水神様
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上流
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古い石塔
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石塔建立日
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JR鉄橋の下付近
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堤防の水防門
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中の瀬陸閘(りくこう)
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渡し付近
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渡しを見た巨木
豊後街道のその後:
延岡栄町、三軒家、と続いてきた豊後街道は、中の瀬の渡しを対岸の粟野名町に渡り、国道10号線を横切って東の大武町へと続きます。大武町の西側、清高島(せいたかじま)の入り口あたりで道は二つにわかれ、東は大武港、北は豊後街道で(途中大武川がここらまで伸びており渡しもあったらしいですが、現在はありません)現在の東海東小学校の東を北に伸びる松原往還へと至ります。
◇栄町の庚申塚・・・豊後街道栄町にある庚申塚です。 
<引用資料>:宮崎の街道・・・宮崎県教職員互助会
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三軒家
昔は田んぼの中の寂しい道筋でした。
◇三軒家付近の昔の風景
松原往還 松原往還
旧豊後街道の清高島から無鹿へ続く、松原の美しかった道筋です(現在の無鹿東小学校東側道路)。
◇昔の松原往還の絵
中の瀬橋 中の瀬橋
昔架かっていた中の瀬橋の様子です。
中の瀬陸閘(りくこう)
初めてこの言葉を聞きました。陸上に設置された防潮扉のことです。堤防と交差する道路の路面が、堤防の高さよりも少し低い時に、道路幅だけ堤防を切り下げて、開閉できる門扉である陸閘を設置します。 洪水や高潮時には、そこから水が流れ込まないように陸閘を閉塞する必要があります。