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三輪神社

三輪神社地図

三輪神社は 南方村の下三輪にある。大昔、大己貴命が豊葦原を巡狩してこの地に来て、青谷城山というところに暫時留まれた。そこで後、人々はその幸魂奇魂(さきたまくしたま)を祀って青谷城神社と称し、後に三輪大明神と称した。そして、吉野、天下(あもり)等に神領があり、霊験あらたかで人々を崇拝を集めてきた。しかし、同社は村里から離れているので、高角折原というところに社殿を遷した。元正天皇の御宇大神大納言惟資が当国に下ったが、三輪大明神はその祖神であるので深く本社を崇拝し、養老2年6月25日知門瀬前川原というところに宮地を移し、社殿を造って大明神を遷座し、社運大いに隆盛を極めた。よって本社はその日を勧請の日と定めたという。世の中が変わって戦乱の世となり、社殿も兵火にかかり神宝旧記も烏有に帰してしまった。しかし何時の頃か里人がこれを嘆き古の遥拝宮の跡に社殿を建てた。これが現在の三輪神社で明治4年村社に列し、明治40年2月9日、幣帛供進指定神社となった。

(日向の伝説:鈴木健一郎著より)

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鳥居
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以前樹齢700年の銀杏の木が
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拝殿
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天然記念物石塔?
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1200年祭とは古いね
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お堂
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山田市弥翁記念碑
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裏側の鳥居

botan 幣帛供進指定神社: 明治の神社制度においては、例祭は祈年祭・新嘗祭などとともに「大祭(たいさい)」に定められ、官国幣社・府県社・郷社および一部の村社(神饌幣帛料供進指定神社)には勅使あるいは幣帛供進使が参向して国・皇室から神饌幣帛料が供進された

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行きかた 五ケ瀬川右岸を上流へ上がってゆくと、三輪町に出る。左手の小高い丘に長全寺が見え、その下にこんもりとした小さな森が見える。そこが三輪神社である。