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神門神社

近江地蔵堂地図 ココ

神門神社:(東臼杵郡美郷町南郷区御門)

奈良時代の養老2年(718)の創建の古い神社で、百済王禎嘉を祀っています。平城京発掘により確認された技法が使われている本殿や、奈良正倉院と同一のものを含む銅鏡(現在は西の正倉院に保管)を社宝とするなど、古代史の謎とロマン漂う南郷村を代表する存在といえます。禎嘉王は663年に滅んだ朝鮮半島の古代国家、百済国から亡命した王族であると言われます。木城町比木神社に祀られた息子の福智王と対面する「師走祭り」など、神門神社は百済王伝説の舞台として、1300年の時を越えた神秘を今に伝えています。

■百済王禎嘉伝説と師走祭り

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重要文化財石碑

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鳥居

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鳥居横の神石

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変わった阿吽像

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益見太郎と七人衆の墓

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階段下の仮拝殿

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拝殿

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本殿

botan 神門神社本殿(国重要文化財:建造物)

神門神社本殿は、棟札より寛文元年(1661)の建立と考えられ、自然石の礎石上に建つ、宮崎県唯一の七間社流造で、平面は身舎のうち桁行5間・梁間2間を板敷の内陣とする。屋根は厚板葦目板打で正面・背面とも段違いとする。神門神社本殿は、簡素で装飾の少ない流造本殿であるが、類例の少ない平面形式に特色がある。中世的な技法や要素を残しながら、近世の手法も供えたところに特色があり、九州南部における本殿建築の発展を知る上で重要である。以上のことから、神門神社本殿は平成12年12月4日に国の重要文化財に指定された。

botan 益見太郎と七人衆の墓

境内には土地の人が、どん太郎の墓と呼ぶ山稜がある。このどん太郎が新羅の軍勢を破り、百済の禎嘉王を助けた土地の豪族益見太郎である。神門は寒暖の激しい山村であるが、12月9日の例祭には毎年暖かい好天にに恵まれる。そこで神門では暖かい冬日を「今日はドン太郎の祭りじゃ」というそうである。

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行きかた 東郷町から446号線を西郷からの388号線に合流し、やがて神門の町に入ると右側に御門神社、西の正倉院、百済の館が見えてきます。神社前の道路左側みやげ物店の横に駐車場があります。そこから徒歩5分ぐらいです。
周辺見所

botan 塚の原古墳

botan 恋人の丘

botan ながされ番所跡

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西の正倉院

奈良の正倉院図を元に、屋根瓦や柱など全ての部材や瓦の葺き方まで寸部も違わないよう再建したもの。長野の木曾のヒノキ(400〜600年もの)2,000本を使用。総費用16億3千3百万円。
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百済の館

中は百済風の色彩に彩られている。紹介したかったが、前回ピンボケで駄目。今回また入場料700円を払って取材することは止めた。