孫八の墓

孫八の墓の地図

孫八(まごはち)の墓:(宮崎県東臼杵郡諸塚村中尾)

物語は、約五百年前にさかのぼる。琵琶を背にした盲僧が、従者の孫八に手を引かれ、北郷村宇納間から諸塚村家代(えしろ)に通じる険しい山道を歩いていた。盲僧の後ろには延岡の町並みを出て五ケ瀬川岸をさかのぼり、伊原から山道に入った頃からついて来る数人の男たちが見え隠れしていた。高さ685mの中尾峠で、強い春の雨が通り過ぎた。ずぶ濡れになった盲僧は、杖を広げた松の木の下で衣服を乾かし、重い財布を手に休んだ。追いついた男たちは盲僧を囲み、斬殺したあと財布の金を分配した。逃げる孫八もオクボ平の野で殺された。その夜から七日七夜、悲しみのこもった琵琶の音が、風に乗って響き、盲僧の遺体が村人に発見された。悲劇の死を遂げた盲僧の墓が建てられ、孫八の墓のほか、盲僧に従っていたという白い狐を稲荷神社として祀った。盲僧は「奈良県吉野山の南朝側から送られ、熊本の菊池城主に密書を渡すためにきたそうだ……」というので、吉野宮神社の名前がつけられた。この後、祭礼日には延岡の富商・南藤屋から奉納金が届けられ「座頭さんの持っていた金を元手に繁盛したのだそうだ」といった話がひろまった。

民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

墓地前の道路
墓地前の道路。まっすぐ行けば広域林道
墓の案内碑
孫八の墓の案内碑
明音検校盲僧手引孫八
明音検校盲僧手引孫八
祠
祠。後世になって造ったもの
孫八之塔
明音検校盲僧手引孫八之塔
墓石
墓石
広場
墓地のある広場
真っ直ぐ上に
吉野宮神社から、左下には行かず、真っ直ぐ上に。

行きかた 吉野宮神社から諸塚広域林道・六峰街道に抜ける途中、神社から1kmの距離にある。右手広場の奥まったところに祀られている。案内柱があるのですぐわかる。

吉野宮神社から約1.3km

強盗に追われた孫八は、吉野宮神社のある中尾峠から、およそ1.3km逃げたことになる。一説では、 孫八は福田某に追われ、松ヶ下の方に逃げたが、あかぎれが痛くて逃げ切れず、木和田上で殺害されたという話も残っている。 このように状況が揃ってくると、吉野宮神社の盲僧の伝説は、いよいよ真実味を帯びてくる。

編集後記

ここには、10年程前に一度来たことがあります。大阪から来た私達にとって、このような人里離れた山の稜線に、墓石がある意味がわかりませんでした。史跡を訪ねるようになって、孫八の墓を探していたのですが、まさかここがそうであるとは、不思議な因縁を感じます。しかしその気になって墓地の草むしりを始めたら、棘で手は切るし、起き上がったら段差に足を取られてこけるし、早々に引き上げました。いったい何でだよ〜。

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