松尾の大イチョウ(松尾の掛庄屋跡)

松尾の庄屋跡:(東臼杵郡椎葉村大字下松尾)/span>

「大イチョウトンネル」とはいかにも解りやすい命名である。椎葉から諸塚へ向かう327号線を諸塚に向かう途中、トンネルの直前を左折して下に下りてゆく。川に架かる橋の手前を右折(案内板あり)笹峠の登山道を登ってゆく。小学校の横を過ぎ、しばらくして案内板通り左折。道はやがて村落の最上部に達するが、三叉路を左へ(右に行くと民家)、急傾斜のコンクリート道を30m、庄屋跡の庭に出る。そこからの眺望は素晴らしい。横には巨樹百選「松尾の大イチョウ」が聳えている。

工業港入り口
松尾の掛庄屋跡
工業港入り口
案内
工業港入り口
松尾の庄屋、松岡邸標柱
工業港入り口
庄屋跡を奥より
工業港入り口
裏手の石垣
工業港入り口
松尾のイチョウ説明
工業港入り口
巨樹百選
工業港入り口
庄屋跡よりの展望
工業港入り口
大イチョウ
工業港入り口
大イチョウ
工業港入り口
大イチョウ
工業港入り口
庄屋跡入口のコンクリート道
全景

松尾のイチョウのあるこの地は松尾掛庄屋跡で、代々松尾家が受け継いできた。当時の松尾村は南郷村神門との駄賃付けによる交易が行われていたが、その名声は遠く富高(日向市)佐土原まで馳せていた。松岡家には50頭もの馬が飼われていたといわれる。

イチョウは雌株で、遠くからでも葉の色を見れば農耕の時期がわかるといわれた。イチョウは古い時代に渡来した中国原産の落葉樹で、雌雄異株、つまり実(銀杏)のなる雌木と、ならない雄木がある。ときに「乳垂」と呼ばれる気根(幹や枝から出した根でイチョウのそれは牛の乳首に似る)に出ると事がある。「松尾のイチョウ」の特徴は、大小さまざまな乳垂が数多く見られることで、学術上も貴重とされている。伝承では樹齢700年ですが、庄屋制度と同時期の生まれではないかと思われる。 イチョウの下には古い墓石が並んでいる。

明治四十一年(1908年)七月十三日には、民俗学の祖であり『後狩詞記』を著した柳田国男が当家に投宿している。

編集後記

ここは天上の屋敷である。村の最上段に屋敷を構えるということは掛け庄屋の仕事柄、大変なこともあっただろうが、椎葉騒動その他、世情を監視する必要でもあったのだろうか。屋敷からさらに奥へと山道が続いているが、その先はわからない。

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