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児湯の池

児湯の池の地図

児湯(こゆ)の池:(宮崎県西都市三宅字石貫)

無戸室の近くの田園の中に、こんもりとした森がある。道路からコンクリート柵を抜けると広場が有って、ベンチが二つおいてある。その向こうに、直径が10m程の小さな池がある。池の中央部に小島があり、「児湯の池」と刻された自然石が建っている。

その周囲を悠々と泳ぐコイたち。奥のほうの水辺には、清水にしか育たない水草が繁茂している。池を一周するように歩道があり、裏側には水神様であろう、祠があり、中には小さな祭壇が祀ってあった。周囲にも幾つかの石塔残欠などがあり、古い歴史の臭いがした。

浅学菲才

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「児湯の池」由来の案内板

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記紀の道案内板とコンクリート柵

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憩いの広場かな?

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児湯の池

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児湯の池の清水とコイ達

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児湯の池の小島と石碑

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池の裏側の水神様だろうか。祠。

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裏側から見た児湯の池

西都原台地の真清水を適時に湧水する児湯の池は、西都の神話にも語り継がれている代表的な伝承遺跡でもあります。昔時この周辺は水のにごった沼地の多いところでしたが、児湯の池だけはきれいな水が湧き、里人たちは「洗ん子(あれんこ)」と呼んでいましまた。それはニニギノミコトに嫁がれたコノハナサクヤ姫が、近くに無戸室(うつむろ)を建てて三皇子を出産され、産湯としてこの池の水を使われたという事から起こりました。この地方の古くは児湯県(こゆのあがた)、児湯郡と称しました。地方発祥の地とも言われています。

西都市観光協会

産湯に使った伝承

拡大 記紀の昔、木花開耶姫はお生まれになった三皇子の産湯に使ったという伝承がある。以来地元では子供が生まれると産湯に使う習慣があった。この水を使うと病気や災いから守られるという言い伝えがある。

この池の豊富な湧水は、年中枯れるとことなく西都原台地を潤してきた。あふれ出た水は下流にある稚児ヶ池のため池に注ぎ込み、そこに至っても尚、清らかな深い緑色を呈している。

編集後記

この池は何処から水が湧き出ているのでしょうか。チョッと見ではわかりません。池からは大量の水があふれ出ています。小池ですが、うつくしい泉です。

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行きかた 石貫神社から50mほど市街地に向かうと、右手に広場があってその向こうに児湯の池があります。すぐわかります。

周辺見所

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botan酒本の観音堂