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光勝寺

野々崎橋地図

小林山光勝寺は、本願寺第12世教如上人の代、僧正順により慶長3年(1598年)に創建された古刹である。第二代永傅は、宮崎城主権藤種盛の二男で、宮崎城落城(1600)後、長じて出家し、延岡藩主有馬直純の要請で正順の養子となり、当寺住職となった。創建時、寺の所在地は北町にあったが、第3代正慶の代、有馬康済の白道寺建立に当たり、慶安元年(1648)に現在地に移転した。昭和20年(1945)6月29日、太平洋戦争における延岡大空襲によって、本堂・庫裏は灰燼に帰したが、山門のみが銀杏大銀杏のお陰で消失を免れた唯一の木造建築物である。尚樹齢三百年を誇った大銀杏は昭和33年に商店街のアーケード建設により伐採された。
 

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山門
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本殿
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歴代住職の墓石だろうか
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寺名石塔と案内碑
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案内碑
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銀杏の木@
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銀杏の木A
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住職銅像
botanこの寺を銀杏寺と歌った野口雨情も前住職の弟権藤円立氏と親交が有ったせいでよく訪れたという。今もまた二本の銀杏の木が生長している。 しかしコンクリートで固められ、往時の姿は無い。
botan 先代住職正行は、延岡郷土史「有馬三代考」の労作を残しており、寺宝に豊臣秀頼消息、有馬直純、康純書簡などがある。
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行きかた 光勝寺は、地図を見れば直ぐわかる。大通りに面している。延岡駅から南進、メリージュ延岡を過ぎて橋を渡り、一つ目の大通りを右折、そしてまた一つ目の大通りを左折すると、すぐ左手に大きな山門が見える。車は止められないので、ぐるっと裏手に廻ろう。裏から入れる。一方通行にはくれぐれも御用心。
翁光勝寺の狸伝説・・・昔はこのような場所であったのだろう。