金光寺

金光寺 :(宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町大字鞍岡5927番地)

浄土真宗 本願寺派 超耀山 金光寺 創建 慶長元年(1596) 肥後の国西光寺の末寺で、第3世の代まで「西光寺」と号す

慶長元年(1596年)、釈了正の開基。山門及び鐘楼は、町の有形文化財に指定されており、特に山門は祇園神社社殿建築材と同一で一本の鼡趨リの余材であるといわれている。

明治10(1877)年3月20日、西南戦争熊本田原坂の戦闘に敗れた薩軍はそれ以後次第に撤退していく。浜町軍議で一旦人吉まで退くことを決めた薩軍が4月22日鞍岡の地に到着。西郷隆盛率いる2千人は鞍岡に一泊。西郷は金光寺のこの書院に泊まったと記録にある。4月22日には桐野利秋率いる軍が到着。桐野利秋もこの書院に宿泊と記録がある。桐野利秋が金光寺の行燈に「中村半次郎」と落書きをしたのだが、その行燈は現存していない。

(五ヶ瀬観光協会)

正門前の道路
正門前の道路、左側は鞍岡中学
正門
正門
拝殿
拝殿
鐘楼
鐘楼
鐘
本殿
本殿
別殿
別殿
寺院由来
寺院由来

西南の役

西南の役の多くの史跡です。

編集後記

堂々たる風格の寺院である。かって西南戦争では西郷隆盛、桐野利明の宿営の寺院であったとか、すぐ近くに官軍の陣地もあったことを考えると、馬見原、鏡山と、この地域は一進一退の攻防が繰り返されていたのだろう。

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