去飛駅(古代駅)

去飛駅の地図

去飛(こひ)駅:(宮崎県児湯郡都農町福原尾)

古代官道は、大宰府から日向の国までに16の駅を設けていました。その中にある、去飛(こひ)駅は川南説、木城説、といろいろありますが、町史では都農町に置かれていたが、場所の特定は出来ないという立場を取っています。そのような中で人々の伝承から判断するに、去飛駅の跡といわれる位置は、日豊本線都農駅近くの福原尾地区です。県道から駅の南にある踏切を渡って、250mほど行くと左折する細い道(3m未満)があります。そこを入るとすぐ右手に大きな井戸があり、その四つの角に柱を建てて屋根が付けられています。そこに都農町教育委員会名で「去飛の駅井戸の由来」と言う看板が立てられています。

引用:宮崎の街道(教職員互助会)

案内板
案内板(内容は下記)
井戸跡
井戸跡の全体
井戸前の祠
水神様だろうか、井戸前の祠
たくさんの石像
井戸の北方にたくさんの石像が・・・
丁寧に祀られている
丁寧に祀られている
井戸跡の有る地域
井戸跡の有る地域
福原尾のバス停
福原尾のバス停
……
一枚足らなかったので……

行きかた 日向市から国道10号線を南下し、都農町の都農川を越えてすぐ、都農駅の標示があるので、左折。都農駅まで一直線。駅前を右折。一つ目の通りを左折して踏み切りを渡る。越えたところの左側に車幅一杯の路地があるが、そこは無視。100mほど行ったら左手に福原尾のバス停がある。そこから左手に見えるが、そこを左折。30mほど行くと右手にある。

周辺見所

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botan 本陣赤木家住宅

botan 山陰百姓一揆留置の地

関連サイト

botan 古代駅とは

平安・奈良時代の税収の古道です。

去飛(こひ)の駅井戸の由来

この井戸は千余年前、日向十六駅の一つとしてこの地に去飛の駅が設けられた際、往来する人馬の用に供せられたものであると伝えられている。以来この地区の人々の生活用水として、敬い親しまれてきたものである。また「去飛」の駅名は「都農」という文字の草書体を誤って「去飛」(こひ)と読まれたことによるものである。この駅に駅馬・伝馬それぞれ五頭を置き、交通・運輸の便をはかった往時を偲び、名残の井戸を整備して長く後世に伝えるものである。

平成元年三月 都農町教育委員会

編集後記

時は奈良時代、去飛駅がどこにあったかは定かではありませんが、都農町はここに駅があったという立場をとっているとのこと。周囲には道端などに石仏なども多く点在し、また古い大きな井戸も残っていますので、ここに大きな施設があったことは間違いないでしょう。古代の駅、その可能性は大ではないでしょうか。延岡では御陵墓参考地、高千穂では天孫降臨と、この種類の問題は多いですが、先に決め付けた方に分があるように思います。

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