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霧島神社

霧島神社地図

霧島神社は、土々呂町の中心部、深い樹林に包まれた山の中腹、創建等不詳、元は霧島三所大明神と称したが、明治4年に字城山(今の土々呂町5丁目付近)に有った今山八幡を合祀して今の社名に改めた。ニニギノミコトとヒコホホデミノミコト、豊玉姫らが祭神で、側には漁業の神「恵比寿神社」もある。山頂には「天とうさま」という天満宮がある。山頂にあった松は、「かぶと松」「よろい松」ともいわれ、山の頂上を意味する「ごってんの松」とも呼ばれ、航海する漁船の目標にされていた。
東海の歌碑・・・移された東海観音にある歌碑。
霧島神社案内看板・・・神社内にある看板の内容。

 

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正面鳥居
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参道の階段
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本殿
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鳥居
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本殿裏側
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本殿横
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恵比寿神社
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天満宮への鳥居入り口
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天満宮の鳥居
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天満宮
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参道には巨木が一杯
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歴史感あふれる灯篭
botan頂上の天満宮には、左横の鳥居をくぐり、歩いて5分ぐらい急坂(山道)を登ると頂上に鎮座している。シイ・樫類の巨木で一杯だ。熊野江神社みたいにヤッコソウは無いのかなと探したりする。

「石ぶみにのせぬる歌や琴ひきの、松のしらべのたぐいなるらん」
1675(延宝3)年、諸国一宮巡詣の旅で高千穂から行縢神社参詣後に延岡に来た肥前平戸の神道家橘三喜が詠んだ歌。琴弾の松は神社入り口付近にあった。
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botan社地は小高い丘にあるが、昔はこの山麓まで白波が打ち寄せた。そして、その海面には茂り栄えた姿を映す名松が有った。松が風に吹かれるときの音が、琴を弾いているようだと言うので、いつしか琴弾き(ことひき)の松と言われるようになった。今から約千年前に三十六歌仙の一人源重之は土々呂を過ぎるとき、この名松を愛しんで「白浪寄する題」として歌を詠んだ。後にこの松のかたわらに歌碑を建てていたが、藩主有馬康純のときに名松も朽ち、これを惜しんで代わりの松を東海の弁天島に植え、歌碑を移したと伝えられる。
「白波の寄りくる糸を緒にすげて 風にしらふる琴弾松」
琴引きの松と伝えられるものに、宮崎県では、他に、

@日南市の鵜戸神宮の 一の鳥居あたり A高鍋町の蚊口浦 蚊口浦の琴弾の松の現状

はいづれも枯れ死した。