金鶏寺

金鶏寺の地図

金鶏寺(曹洞宗):(宮崎県東臼杵郡諸塚村家代字上村)

当寺は家代の中でも一番高いところに建ち、ここからの眺望は素晴らしい。寺の正面入り口石段の横には高さ2mの供養塔や一字一石塔、六地蔵幢が安置され、「日向地史」によると天正3年(1575)に創建されたと記されている。

延岡藩主高橋氏によって滅ぼされた高千穂の三田井氏の一族甲斐宗摂(家代城主)が、甲斐家の菩提寺として1580(天正8)年開基したという。 金鶏寺縁起によると文禄元年(1592)甲斐長門守宗説が家代に居住し、統治を行うにあたり、当寺を菩提寺と定めている。そして守護神愛宕将軍地蔵菩薩を奉安して鎮守となし、笈(おい)の金具、金の鶏を見て”金鶏寺”と命名した。御本尊は阿弥陀如来像で、本堂には、勝軍地蔵とともに、金鶏寺の庇護者甲斐宗説の像や位牌、それに家代峠で討ち死にした三田井親武の家臣甲斐兵庫頭秋政の位牌も並んで祀られている。金銅装笈は(こんどうそうおい)は寺伝では、延岡藩主高橋元種に従い、文禄元年家代の地を領した甲斐宗説の所持といわれます。

宮崎の街道(県教職員互助会)

寺全景
寺全景
山門かな
これは山門かな?
供養碑
供養碑
お地蔵様
境内のお地蔵様
本堂
本堂
手水舎
手水舎
楠の大木
楠の大木。子供の頃、良く遊んだ形をしている。
鐘楼
鐘楼

行きかた 日向市から国道327号線を諸塚村に入る。柳原川の手前を右折。シイタケ館を過ぎて一つ目の交差点を右折して、柳原橋を渡り、諸塚村が誇る大規模林道に入ってゆく。少し遠く感じる。わき道はいくつもあるが、曲がらずにジーと辛抱。やがて金鶏寺の案内板があるところを左折。下に降りてゆくと50m先右側にある。何といっても村の一番上である。すぐ近くに観音様を祀る観音山、家代神社がある。

金銅装笈(こんどうそうおい)1背(県文化)

笈とは修験者や行脚僧が仏具・衣食などを入れて持ち歩いた背負い箱のこと。

高さ69.8cm、奥行28.5cmの木製、黒漆塗り地に金銅板で装飾した三段棚仕立てで、中には仏像が納められており、室町時代の様式を顕著に示し、県内では他には見れない逸品である。県の文化財に指定されている。


明治の始め頃、一時この寺の本堂が諸塚小学校の教場に当てられていた。

関連サイト

botan 甲斐宗攝の墓

三田井氏を裏切って、殺害した謀反人の割には、地元で人気の高い不思議な武将。

botan 中崎城跡

日之影町にある宗摂の居城、中山城跡です。

編集後記

ここは山寺。昔は狸や狐が遊びに来ていたのかも知れない。山門から、いきなり山寺の小僧さんが、飛び出して来そうな気さえする。直下には急傾斜の山肌に造られた迫田が広がり、合間の狭小な平地に、民家がへばりつくように点在している。眼前に連なる山の峰が意外と遠くに見える。俗世は足下の世界なのだ。しかし、今は寺の上を立派な基幹林道が走っている。かっては村の頂点の霊域であった地域も、開発の波の下に、今はその意味を無くそうとしている。
今回も又ミスった。ここからの写真を撮るのを忘れた。まったくもう。

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