観音山

観音山の地図

観音山:(宮崎県東臼杵郡諸塚村家代)

金鶏寺裏には丘陵があり、そこには木立に囲まれた観音山がある。参道とも呼べる小高い丘の入り口から、すでに数体の石碑が並んでいる。10m程上ったところにある境内の、中央に祠堂があり、背後の馬蹄形の石積みの上に40体の「観音菩薩像」と29体の「弘法大師像」1体の「青面金剛像」など、計70体の石仏が安置され、一種独特の雰囲気をかもし出している。

工業港入り口
入り口(左側)前の大規模林道。右に降りると金鶏寺
工業港入り口
入り口の案内板
工業港入り口
参道の石段、横には石碑が並んでいる
工業港入り口
石碑には、一つ一つに花が飾られている。
工業港入り口
刻字の残る石碑
工業港入り口
本堂。後ろは馬蹄型の石段になっている。
工業港入り口
左側の石像群
工業港入り口
右側の石像群

行きかた 金鶏寺と大規模林道を隔てた上方にある。寺の入り口を出て左折、約10m程のところにある四差路ともいえる道路を右折。30m程入ったところに、右側に貯水場兼駐車場がある。そこの反対側の小高い段丘に鎮座する。

石仏70体が並ぶ家代観音山

地域の人は総じて「観音様」と呼び、敬い親しんでいます。口伝によると江戸時代、金鶏寺の不説和尚がこの観音山を開き、石仏のほとんどを彫ったといわれています。石仏にも刻銘もあり、中でも中央の慈母観音像は見事な彫刻の仏像です。観音とは、正しくは観世音菩薩、あるいは観自在菩薩といいます。意味は救いを求める声を聞けばすぐ願いをかなえてくれる仏様のことです。

江戸時代になると庶民の間に観音や地蔵信仰が広がり、各地で石仏が造られました。家代地区では、数百年来村人の厚い信仰が続き、病気、安産、入試、不妊などの願掛けの祈りや、集会をしたりする寄り会う楽しみの場であったようです。毎年旧暦2月28日(近年では3月の最終日曜日)の祭日には、近隣からでも多くの人が集まり、盛大に祭典が行われます。

宮崎の街道(宮崎県教職員互助会)

関連サイト

botan 観音様とは

観音様とは……。

編集後記

これだけの仏像を一人で彫ったのであろうか。ズラリと並んだ石像群。それも驚嘆に値するが、先代の彫った仏像を、維持してゆくその努力は賛嘆すべきものだろう。最初はただの石、それを日々尊崇することによって、魂が入れられてゆくのかもしれない。今もその一つ一つに花が添えられていた。ここは金鶏寺の住職が管理されているとか。自分の部屋の掃除さえ満足に出来ない私と比べて何と違う日常だろう。

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