岩牟礼城址

岩牟礼城址の地図

岩牟礼城:(宮崎県小林市大字東方城ヶ迫)

岩牟礼城は岩瀬城ともいい、市内で最も高地にある城跡です。築城年代は不明ですが、伊藤氏が小林を前線に基地にしていた頃は、守備兵を置き、危急のときは狼煙をあげて、野尻城以下各城への連絡に備えていました。

天正4年(1576)8月、高原城陥落以降、島津氏の領有となり、また天正15年(1587豊臣秀吉の九州征伐の際は、羽柴秀長の軍がこの城まで侵攻しました。その後元和元年(1615)の一国一城令により廃城となりました。

引用:現地案内板

案内板
案内板
城址標柱
岩牟礼城址標柱
岩瀬旧橋
左に行けば応仁の碑のある岩瀬旧橋
国道268号線
右側は国道268号線

行きかた 国道268号線を小林に行く途中、岩瀬川の新岩瀬橋を渡る直前の丘です。

ここでも西南戦争の砲撃戦

明治10年(1877)の西南戦争の時に、この城に西郷軍が、水流迫(つるざこ)付近に官軍が構え、激しい砲撃戦が行われました。

編集後記

国道が通って城跡が分断されたようですが、岩瀬川の急流を壕にした自然要害であったのでしょう。 ここにも西南戦争の爪跡がありました。状況から西郷軍がまだ宮崎に行く前のことでしょうか。

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