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石貫神社

石貫神社の地図

石貫神社:(宮崎県西都市三宅字石貫)

西都原古墳の大山祇命の伝承墓から、長い石貫階段を降りてすぐ、左手参道の奥に、杉木立に囲まれた石貫神社がひっそりと建っている。石貫神社は木花開耶姫の父の大山祇命が祭神である。古くは日能若・石貫大明神と称された。古い神社である。弘治二年(1556)に神田十二町一反歩の寄進を受けている。天正十五年の豊臣秀吉の島津出兵に際し、神社側が軍令に従わなかったとして、社領は没収されたという経緯があるが、貴重な古文書類が多く残されているという。

参道入り口右手に、大きな石が祀ってあるが、これには伝承がある。

浅学菲才

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鳥居と長い参道

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記紀の道「石貫神社」案内板

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参道入り口の天井岩

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大山祇命だろうか。門前を守る神。

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鳥居前の池。ここにも何かありそう。

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古い石灯篭

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参道と並木道

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二の鳥居と拝殿

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手水舎

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拝殿

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拝殿内部

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本殿

石貫神社の天井岩の伝承

この石には木花開耶姫に恋をした鬼の哀しい物語が秘められている。

鬼が美しい木花開耶姫に恋をしてしまった。鬼は結婚を申し込んだ。父神の大山祇命は、鬼が変化した男の申し出に困惑した。そこで大山祇命は「一夜で石造りの館を建てることが出来れば、娘と結婚させよう」と難題を出して約束した。鬼は夜を徹して岩の御殿をほぼ造り上げた。一息ついた鬼は、ついうたた寝をしてしまった。そのすきに大山祇命は岩の御殿の天上岩を一つ引き抜き、東方の谷間にほおり投げた。岩が一つ抜けた御殿は未完成である。このことを理由に大山祇命は、娘との結婚を破談にしてしまった。それがこの石貫神社の石で、石貫地区の発生となっているそうである。

鬼は大山祇命を深く恨み、いろいろな祟りをなしたという。その天井岩が落ちた場所に石貫神社が建てられたというのである。

この石がその天井岩とはとても思えないが、その距離的な配置が、偶然と言い切るにはもったいない何かを感じさせる。

西都・西米良紀行(田浦チサ子著)・現地案内板

編集後記

この神社の神主さんでしょうか。参道入り口の大山祇命の人形、神社らしからぬ面白い案内標識、拝殿の簡単な神社案内など、いかにもユニークで要を得ている。暖かい心の配慮をいただきました。

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行きかた 西都原古墳の石貫階段の真下です。坂を下りてくると右手に池がありますが、その反対側、道路左手に鳥居があり、長い参道が続いています。(この池は稚児ヶ池 ではありませんのでお間違いなく)。

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記念碑

案内標識

これも面白い案内板です


記念碑

神社案内

これはまったくの手作り、しかし何とすばらしい配慮でしょう。


鬼瓦

本殿の鬼瓦

木彫りの鬼瓦