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イントボシ

イントボシ地図

イントボシ(本当はこわ〜い所)
天正6年(1578)河野越智水軍支城浦尻城主、松永義清が豊後の大友宗麟に攻められて落城。義清は対岸に渡り、山中に隠れているところを村人の手引きにより、発見され切腹させられた。それ以来、この地の前を通ると強い腹痛を起こし、どうしても通ることが出来ないので、犬の真似をして四つんばいになって「犬と思し召して」「イントボシテ」と口々に唱えながら通った。そこで浦城神社に城主時代より伝わっていた121番の神楽を3日3晩踊り奉納して、ようやく御心を慰めることが出来たと言う。それ以来、交通も自由となり、不作続きの農作も元に戻った。現在この踊りは復活の動きが見られる。尚この地は今では旧道下の海に面したところとなり、わずかに枯れた松が当時を偲ばせるに過ぎない。

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全体
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御神石
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先端
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御神石お堂
同じような小さな鼻が並んで二つあって、どちらか良く解らないが、お堂があるからおそらくこちらだと思う。養殖場前バス停から二つ目の鼻だ。すぐ隣に造船所がある。
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