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今山八幡宮

今山八幡宮地図

今山八幡神社について
御祭神は、品陀和気命(ほんだわけのみこと)、 息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)、 玉依姫命(たまよりひめのみこと)、 ほか一二柱である。 天平勝宝2年(西暦750年)豊前の国(今の大分県)宇佐八幡宮を勧請したもので、国司・郡司の崇敬深く、天平宝宇2年(西暦758年)社領を加増せられてから、隆盛を極めたので、社号を今山八幡宮に改めたと言われている。古来の領主、歴代諸氏も相次いで崇敬し、常に領主の祈願所、領内守護の神社とされ繁栄した。1578(天正6)年、大友宗麟のために焼かれ、1587(天正15)年高橋元種が再建した。例祭には昔は神事能が奉納された。1607(慶長12)年高橋元種が仁王門の側に席を造って奉納、見物したのがその起こりだという。 今日では延岡市内はもとより、県北一円から祈願などのために参詣者も多く、当地方第一の大社として、崇拝を集めている。
祇園祭(夏祭り)7月23日、24日。 例大祭(秋祭り)11月23日、24日。

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入り口大鳥居
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入り口門付近
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八幡宮説明
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正門
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八坂稲荷神社
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今山恵比寿神社
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階段入り口鳥居
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134段の階段
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八幡宮本殿
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八幡宮本殿
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本殿
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徐福岩(下に説明)
■今山恵比寿神社・・・商売繁盛、航海安全の神様。
今山八幡宮の南参道の入り口にあり、同八幡宮の末社で九州三大恵比寿神社の一つ。毎年2月10日、11日 の「10日えびす」には、商売繁盛祈願、航海安全祈願などに県内から5.6万人の参拝客が訪れ、露天、屋台なども並び盛大な祭りが催される。またこの神社は日向の国七福神霊場の一つで恵比寿神を祀っている。

徐福岩・・・今山恵比寿神社前にある岩が秦の始皇帝派遣の徐福が船をつないだ場所と言われる。
昔の今山八幡宮の絵・・・明治・大正期の今山八幡宮。
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参道の石段
ここの御影石による石段は全国的に知られている。石段の原石は明治中期、延岡地方の産物を積んで、阪神方面に運んだ船が、帰り荷として運んだ播磨灘の御影石である。東参道148段、南参道137段の御影石の石段は他に例をみない。1段1本もので、海運関係者が航海安全を祈願して、奉納したものだ。境内の玉垣にはしないばかりでなく、伊予、大阪、播磨、防州などの商人の名が見られる。
助かった梵鐘
1656(明暦2)年、藩主有馬直純が寄進した梵鐘の銘には「延岡」という地名があり、これが延岡の初見といわれる。西南戦争の際には、宮司が機転をきかして梵鐘を池に隠したために、薩摩軍の鉄砲の弾にされることを逃れた(池とは南参道の池のかな?)。その後城山に運ばれ、寺報鐘として戦後まで市民に親しまれたが、今は内藤記念館の屋内にある。
内藤記念館・・・梵鐘がある。
蓬莱山焼き
境内の東麓には、民家が立ち並んでいるが、かっては茶碗山と呼ばれた。陶器が焼かれ、蓬莱山焼きとか丸山焼きとか言われた。