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細島みなと資料館

細島みなと資料館 ココ

細島みなと資料館:(宮崎県日向市細島)

細島みなと資料館は、市指定文化財「高鍋屋旅館及び付属屋」を改修したもので、木造三階建ての本館は大正10年(1921年)の建築です。大正〜昭和初期の旅館の風情を残すように整備されています。客室は6室あり、昭和57年まで営業していました。付属屋は平屋建てで、台所(釜屋)、厠、風呂場、脱衣所があります。また特徴的な正面玄関は、三輪氏の紋の入った軒瓦や桃の形をした意匠瓦で飾られた「唐破風」と呼ばれる屋根が”大正デモクラシー”とも呼ばれた当時の雰囲気を伝えています。

休館日:月曜日 入館料210円

<案内書より>

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旅館正面

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旅館由来

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変わった玄関屋根

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高鍋屋号

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長火鉢

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部屋と管理人さん

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古い道具類

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出征の寄せ書き

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昔の漁具(ルアー?)

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野口雨情作掛け軸

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掛け軸内容

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当時のお膳の様子

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客室

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坂本竜馬の拳銃

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長廊下

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大正時代風の玄関

高鍋藩御仮屋跡

高鍋藩は3万石の外様大名で、藩主秋月氏は参勤交代の際に「御用達 」として指名した三輪家に本陣となる座敷を構えさせていました。資料館の管理棟はその跡地に建っており、地下に当時の遺構が眠っているものとみられます。

港  細島
錨はいらぬ
厚い人情が
  船つなぐ

管理人の叔母さん・・・大変お世話になりました。

左の歌そのままに人柄の良い世話好きの叔母さんだ。細島の歴史は、彼女みたいな人達が創って来たのだろうと、フトそう思った。また会いに行きたいが、なかなか機会が無い。

   高鍋藩秋月氏の御仮屋は。御用商人を務めた三輪氏の町屋の敷地内にありました。後に三輪氏が旅館を経営するようになり、「高鍋屋旅館」と命名します。大正十年(1921)には、三輪次郎が、当時の建物しては非常に貴重な木造三階建ての旅館を建てました。この旅館は昭和57年まで営業されていました。平成八年(1996)に、日向市は「高鍋屋旅館及び付属屋」を「高鍋藩御仮屋跡」とともに市の文化財に指定しました。そして前者を修復し、平成11年(1999)に「細島みなと資料館」として開館しました。
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botan 細島の道路元標

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陸軍少佐 迫田鉄五郎

西南の役で可愛岳に散った。(官軍墓地に埋葬されている)

この少佐の写真を見た時、久しぶりに大和男児の気概を見つけた。 武士道とは死ぬことと見つけたり、「葉隠」の一節を思い出す。この鋭い眼光はいったい何に向けられているのであろう(カメラのレンズじゃないよ!)。

武士道未だすたらず、金欲、性欲、物欲を超越した、死を見つめた人生観。明治維新の理想に燃えた国家観。現代人には無い遠き彼方を見ているような気がする。
*この写真を見た女性は一様に見惚れるとか。日本女性の男性観も変わろうとしているのか。

迫田少佐殉職の地

拡大 この旅館で、かって働いていた女性方です。別嬪さんばっかり。一番左の女性は管理人さんのお友達だったとか。