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平底神社と織田兄弟の墓

平底神社地図

平底神社由来
元は織田大明神と言われていた。古老の言い伝えによると元禄年間に村中のものが申し合わせて、雷除けの神様として祀ったのが由来ということであるが、詳細は不詳。
祭神:熊野三社大権現、天満大自在天神、織田三社大明神。
例祭日:3月第一土曜日。
神社は、万延元年(1860)に再建され、明治20年(1887)に鳥居が再建された。平成8年には鳥居をコンクリート造りで建立した。

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神社鳥居
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改築中の拝殿
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梵鐘
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神社前の墓石群
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お地蔵様
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織田杢之丞の墓由来
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織田杢之丞の墓
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織田杢之丞の墓

見所
◇織田杢之丞の墓・・・公民館の下方には織田様と呼ばれている墓石がある。昭和15年ぐらいまではその墓に参るときは裸足でなければならなかった。その墓石には「法玄院等天性智居士」と刻まれている。
その由来は: 時代は寛文年間(1661〜1673)、織田信長の孫という織田杢之丞(もくのじょう)と織田半兵(はんべえ)兄弟が、延岡藩主有馬永純の御伝役として来延し、仕える事になった。この兄弟は昌龍寺過去帳によると、「播州尼崎城主織田七郎左衛門信澄の息子兄弟之由云々」と書いてある。伝説によれば杢之丞が永純公の勘気に触れ、杢之丞を平塚に、半兵を深角の牢獄に送った。二人とも牢死したが・・・。

◇織田兄弟の伝説 ・・・水が湧き出たり不思議な話です。


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行きかた   平底神社は、国道218号線を延岡から高千穂に向かい平底大橋を渡ったら一つ目を右折。小さな道なのでわかりづらいが、突き当りを右折すると、すぐ左手に公民館が見えてくる。その裏が平底神社で、前に織田杢之丞(もくのじょう)の墓がある。
*下の五ケ瀬川の県道に降りるには、平底トンネルを抜けて一つ目を左折する以外にない。途中降りれそうな道があるが、公園を一周するだけで元に帰って来るので注意が必要です。公園からみる平底大橋はきれいですよ。