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日高亀一と日高邸

日高邸地図 ココ

日高邸:(延岡市赤水町)

明治7年(1874)延岡市赤水町の日高亀一は、それまで地引網に頼っていたイワシ漁に「イワシ追い込み網」を発明し、さらに次の年には「ブリ網沖廻し網」によって、それまでよりは一度に大量の漁獲を揚げれるようになりました。彼は更に研究を重ね、息子と共に明治24年(1891)「ブリ大敷き網」を完成させました。これは日本の水産業においても歴史に残る発明でした。明治43年(1910)には、「ブリ大謀網」を発明し、実用新案特許を取って、漁業に貢献すると共に、莫大な富を得、道路や橋造りにも尽力しました。

錨 赤水ブリ漁と日高亀一・・・日高亀一が困難辛苦のすえ、成功したいきさつです。

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日高邸

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赤水港

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日高邸正面

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赤水漁港

パノラマ写真

カメラ 日高邸・・・対岸よりの日高邸のパノラマです。1000坪の敷地に100年の歴史の重みが感じれられます。


拡大 土々呂〜赤水間の道は狭く野道で、自転車の通行さえ困難なところもありましたが、明治29年(1896)日高家は全工費を負担して幅9尺の道路を開通しました。土々呂〜赤水に向かう道に妙見橋がありますが、ここには明治29年日高家によって赤水道路が開通後一年余りは約4,50間の渡舟(代金五厘)で通じていました。明治31年(1898)には賃取り一銭橋を設けましたが成績が上がらず、日高家は明治34年(無銭橋にあらため、後大正6年(1917)に鉄筋コンクリートの永久橋としました。現在妙見町の三松公園には、日高亀一翁の銅像が建てられています。

宮崎の街道(宮崎県教職員互助会)

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行きかた 延岡から国道10号線を南下、土々呂の信号を左折して赤水に向かう。突き当りを左折すると、右側に特攻艇格納庫、そして赤水神社をすぎ、しばらく行くと道路左側の正面に日高邸の石造りの塀が見えてくる。
周辺見所

botan 特攻艇「震洋」格納壕

botan 遠見半島

拡大 「ブリ見山」
下には案内板があるが、上にはないのでわかりませんが、遠見山展望台より見たこの山と思うのですが・・・。
拡大 「日高永三郎の碑」
共同開発した息子の永三郎の碑が近くの赤水神社に建てられています。