本庄の石仏(田尻の磨崖仏)

  

本庄の磨崖仏 :(宮崎県東諸県郡国富町田尻)

ここも少しわかりづらい、地図に記載されていない。いろいろ調べて、国富町田丸の宇津野神社の近くというところまでわかった。神社は GPS ですぐにわかった。行けば何とかなるだろうと行ってみた。正解!!。そこに案内標識があった。そこからは丁寧に道案内が続いている。やがて駐車場、きれいなトイレも整備されている。

参道

参道入り口の脇に二つの大岩(夫婦岩)があり、人がやっと通れるくらいの隙間がある、注連縄が張ってある。「その下を通らないと御利益が無い」という言い伝えがあるらしい。ここは安産の神様だから、僕には関係ないけどと思いながらも、儀礼的に通った。 そこから小道を登る。およそ5分くらいで神社にたどり着いた。結構広い敷地跡があり竜宝山松森寺の跡だと言う。住職はかなりの高僧だったらしいから修行僧も多かったことだろう 。裏は岸壁となっており、「磨崖仏」がある。彼らが造ったのかも知れない。

駐車場
駐車場から、参道。右手に夫婦岩。
夫婦岩
夫婦岩
夫婦岩と注連縄
夫婦岩と注連縄
不動明王と観音像 左に観音像
不動明王と観音像 左に観音像の祀られている隙間
不動明王
不動明王
観音像
観音像
岩の間の参道
岩の間の参道
観音堂
観音堂
日羅上人座像
日羅上人座像
硯の水
硯の水
歴代住職の墓
歴代住職の墓
磨崖仏に上がる参道
観音堂から磨崖仏に上がる参道
磨崖仏周辺
磨崖仏周辺
磨崖仏
磨崖仏
岩穴の中
岩穴の中にお地蔵さま
工業港入り口
おそらくお寺の跡だろう。広い敷地。

■夫婦岩

この山を観音山とも呼び、これより約120m登ったところに観音堂があり、正観自在菩薩が安置されている。 観音様にはこの岩の間を通って参拝しないと「御利益」がないといわれており、安産で、健やかに育つ子供への夫婦の願いがこの岩に秘められていると言い伝えられている。

佐土原城址

戦国時代伊藤氏が造った山城です。

綾大吊橋

綾の渓谷に架かる美しい吊り橋です。

東麓石窟仏(薬師磨崖仏)

大きくはありませんが、洞窟の中の磨崖仏です。

■本庄の石仏(田尻の磨崖仏)

昭和8年12月5日 県指定史跡

本庄の石仏は、田尻地区の松森山(しょうりんざん)の岸壁に刻まれている。

地上より光背上端まで約5.8m
肩幅約1.6m

真東に向かって岸壁に彫られた県内最大の磨崖仏である。慈悲深く端麗容姿から薬師如来像と言い伝えられている。 右手を上げた施無畏印(せむいいん)は民の恐れを去らせる意味があり、同時に無病息災を念じているお姿である。奥の院らしき静けさに包まれた当地は、遠い昔の様子を偲ばせる。この仏像の左右にも磨崖仏の六観音が彫られていたが、風化が著しく現在は左側にかすかに確認されるのみである。

松森山は、またの名を日羅山(にちらさん)といい、日羅上人が開いたと伝えられる竜宝山松森寺が有ったところである。日羅上人は飛鳥時代(6世紀後半)に百済より渡来し、聖徳太子にも謁見したいわれる高僧で、政治・芸術にもすぐれ、大分県、熊本県を中心に多くの伝説を残している。

本庄の石仏から40mほど下った観音堂のあるところには、かって照埼寺があって、こちらにも多くの石像が彫られていた。

■日羅上人座像

樹齢およそ800年、シイの大樹の根株に包まれている仏像は「日羅之影之様相に見得彫物数々之有」と記してある。石仏寺を開基された日羅上人の自刻像であると言われ、この仏像には金の目玉が彫りこまれていたが、心なき者によって仏像の顔が割られ金の目玉が取られたと言い伝えられている。座像を中心に歴代の墓が左右に並んでおり、初代照埼寺住職の墓も右端にあったと言われている

■硯の水

1、2mの円形の岩に特殊の工法によって作られたか、または自然の水たまりか、「堂の脇に日羅加持之水有之不生不滅之水と申伝へ候」どの様な干天にもこの岩の水が枯れたことが無いと言われ、その昔ここに書院が造営され、僧侶たちがこの水を使って、写経したと言い伝えらえている。僧侶たちの厳しい写経の修業を行った往時が偲ばれる。この硯の水を使用して書道に精進するとたちまちに上達するといわれている。

■観音堂

この観音堂には安産の祈願仏、聖間観自在菩薩が安置されている。近郷近在の参拝は香の絶えたることがことが無かったといわれてきた。本山の寺は伽藍造りでなく日羅石仏寺の中興のため天文年代に観音堂を建立したと言われている。本尊は高さ約45cmの木造座像で元禄一年と」記されている。

■松森山頂上への案内

裏山

本山は松森山、龍宝山、日羅山、観音山の呼び名がある。標高約140m頂上には三角点が設けられ、自然石には奉神大日如来、又は梵字が刻まれ、山頂は寺僧が行を修めた所と言われ、ここに立てば一望できる。山頂の真下に照埼寺がある。本山の宝物として、金の鶏が埋蔵されていると言い伝わっており、旧元旦に時を告げるという言い伝えがある。(この山の上の方だと思うのだが、行く方法がわからない。金の鶏が目的ではないよ?。

■不動明王と観音像

左に観音像、右に不動明王がこの岩に相対顔して刻まれ、石仏寺の山門をなしている。この岩間の参道は約3mあったが、不動明王の刻んである岩が倒れ、観音像の頭部をつぶし、今はその一部が残っている。刀法は決して凡作のものではないといわれ、不動明王が持つ剣先には、生首が刺さっており、他には見られぬ不動尊である。またこの岩の下は、心清き者のみが通行でき、悪事を働くものは不動明王の受けて通り抜けることが出来ないと言い伝えられている。

国富町観光協会

編集後記

宮崎県で一番大きいとか。大分県ではよく見かけるが、宮崎県には確かに少ない。宗教的に何か違いがあるのか?地質の問題か?判らないが・・・。しかし、ここには、大きな古刹が有ったのだ。何かそれらしい雰囲気も感じる。また金にまつわる話も多い。

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