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極楽寺

極楽寺地図 ココ

極楽寺(福聚山):曹洞宗(延岡市土々呂町5−1200番地)

御本尊は阿弥陀如来。 天平勝宝3年(751)、ときの土々呂地方の領主、川崎図書輔重忠が開基になり櫛津の寺屋敷に仏堂が建立されました。仏堂は近くの寺院に移り仏生寺として法灯を継いだ後、延宝元年(1673)現在地に移され、台雲寺5世を招き、落慶法要が行われ「極楽寺」と呼称されました。かって土持氏時代、松尾支城があったとされる広大な丘陵地をバックに、門前には寺名と宗名を刻した大きな石塔が二基、その間を徒歩100m、白壁に黒瓦の昔ながらの塀や山門は、何ともいえない、古刹ならではの重厚な落ち着きを感じさせます。

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全体(丘上より)

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門柱

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山門

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本堂

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薬師如来像堂

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巨大な銀杏の木

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白壁に黒瓦の塀

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地蔵堂

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お地蔵様

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丘陵に広がる広大な墓地

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瀧の不動尊入り口石塔

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不動尊への山道。今日はここまで残念。


botan 御本尊阿弥陀如来像は、名僧行基の一刀三礼の作と伝えられ、平成2年の調査では胎内に「養老三年(719)己未建立也……」の墨書があり、文化9年(1812)に修復されており、平成6年にも再修復されました。


botan 境内には薬師如来堂、薬師瑠璃(りゅうり)光如来像があり、近くの薬師谷にあったものを万延2年(1861)に移築し、昭和6年に改装されました。この薬師像は、下馬落としのヤクシさんともいわれ、乗馬のまま前を通ると神罰を受けて落馬したといわれました。


botan 滝の不動尊: ここから南にある東九州自動車学校北側から奥に1kmの参道を登ると、江戸時代極楽寺を再興した霊峰円鎖(えんさ)大和尚が、滝の岩上で座禅修業したという滝の不動尊がある。毎月28日が例祭で3月28日が大祭である。海上平穏、交通安全、家内安全にご利益がある。


編集後記

今回は、瀧の不動尊の参拝はあきらめました。また、土持氏の旧松尾支城も探してみようとしたのですが、真夏なので体力的問題と、梅雨が明けたばかりで、山間は蚊の猛襲がすごく、冬まで待つことにしま した。ご期待ください。尚不動尊へは車で行くことは出来ません。駐車場がありません。私は下の分かれ道の、石塔がある茶畑の奥様のご好意で、空き地に駐車させていただきました。

参考資料:宮崎の街道(宮崎県教職員互助会)

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行きかた 最近この道路は特に便利になりました。日向から始まった広域農道は土々呂バイパスを通り、やがては南延岡道路から北川に抜けようとしています。その土々呂バイパスを挟むように当寺と霧島神社があります。国道10号線からは赤水へ抜ける交差点を逆に土々呂駅方面に右折。線路を渡ったところのバイパスを右折すれば、すぐ左側です。右側には霧島神社があります。
周辺見所

botan 霧島神社

botan 土々呂の道路元標(取材中)

関連サイト

botan 滝の不動尊(取材中)

botan 台雲寺

botan 行基とは

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福聚山極楽寺HP・・・行事案内その他詳しく紹介されています。

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九州四十九院薬師霊場
第20番札所

九州四十九院薬師霊場公式HP

お薬師信仰とは