Back Topへ

坂宮馬頭観音

坂宮馬頭観音地図

坂宮馬頭観音像(さかみやばとうかんのん)は、 天正6年(1578)大友宗麟は日向に侵攻し、土持氏の居城であった松尾城を攻めた。土持高信は最後の戦いを決意して、残り少ない手勢をまとめて、愛馬「しろかげ」にまたがり城を出て戦ったが敗れ、鹿狩瀬(かがせ)町を祝子川を下り、坂宮に達したとき愛馬「しろかげ」は敵の矢に当たり倒れた。このとき高信は介護の暇も無いので、敵の手に落ちないように言い聞かせたところ、「しろかげ」はその意を解し、藪の中に入りついには息絶えた。後人々はこの地に馬霊を慰めるために観音堂を建立した。牛馬の飼育が盛んであった頃、多くの参拝人で賑わった。
  坂宮馬頭観音への行き方は延岡駅より祝子川にかかる小山橋を渡り、左折し、広域農道を過ぎ、山沿いに行くと坂宮バス停に至る。私も3度目にやっと行けたように何の表示も無いので解りづらいが、坂宮バス停(坂宮団地バス停ではない)の真ん前と言ったら解りやすい。

phot
正面
phot
phot
石柱
phot
石仏群
石碑の内容(概要)
当馬頭観音は、西武天皇の御世、豪族土持氏が天平の頃日向国内の戦乱平定に際し、当地に軍をすすめたりしか戦に利あらず、遂にその愛馬はこの地において傷つき倒れた。重臣たちが相集まり、埋葬して馬頭観音を勧請した。旧正月18日を祭日に定めた。遠近の信者も多く、古老の霊夢により信仰せば、牛馬日に月に繁栄せんという。
Copyright©2005 lifeplan All rights reserved.