荒谷地蔵尊

荒谷地蔵堂の地図

荒谷(あらたに)地蔵尊:(宮崎県延岡市北方町荒谷)

荒谷部落の東端字小畑にある。いつ頃の勧請であるか記録が無いので明らかでないが、現在残っている防松山長福寺の「大日本大聖不動明王村中安全守護」と記した祈祷札によると養老七亥年勧請の文字が見られる。養老7年と言えば、西暦723年であるが、これを証する文献はみつからない。現在の堂宇(どうう)は大正15年10月9日に改築せられたもので、正面に「延命地蔵尊、幹謹書」と書かれた金文字の横額がかかっている。延岡市の小林天外が病気平癒の礼に奉納したものということである。地蔵尊は高さ75cmで安政4年7月に彩色された高さ35cmの脇仏二体を蔵している。脇仏の施主は甲斐伊之助となっている。この地蔵尊は元防松山長福寺の所属で山伏安楽院が管理していたものと見えて、祈祷札が5,6枚残っている。

引用:民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

工業港入り口
地蔵尊に行く道の案内柱(ここを右折)
工業港入り口
地蔵尊まえの三叉路、真っ直ぐ行くと農道。
工業港入り口
地蔵堂の全景、杉木立の中にある。
工業港入り口
昔の階段参道
工業港入り口
古い石灯籠
工業港入り口
変わった狛犬
工業港入り口
地蔵堂
工業港入り口
堂内とお地蔵様
工業港入り口
これは庚申塔だろうか
工業港入り口
昔はかなりの規模であったのだろう。埋もれた石碑群
工業港入り口
一族の墓石群、家紋を中心に建ち並んでいる
工業港入り口
手水舎

これは宝の隠し場所か

先頃まで地蔵堂に「朝日さす夕日かがやく木の元にうるし千枚朱千枚黄金(こがね)千無量」と謎のような歌が記された板があったが、何時の間にか宿借りの遍路人によって薪代わりに焚かれたともいわれている。地蔵堂の例祭は正月24日と9月24日行われる。

引用:民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

「朝日輝く夕日輝く」とはどういう意味なのでしょう。県内でも数箇所ある埋蔵物伝説の中に同じような文句が出てきます。今すぐ思い出すのは浦城水軍の隠し財宝です。エ〜と、もう一ヶ所どこでしたっけ。

編集後記

村はずれの森に鎮座する地蔵尊は、まったくの静寂につつまれていました。 しかしこの静寂も、祭りともなれば大変な賑わいらしいですが、今は訪れる人も少なく、何処かの会社の人が昼寝をしているぐらいです(チクリ)。

Copyright©2008 nAn All rights reserved.