Back Topへ

慈福寺の阿弥陀如来

長尾山(東海村)の東南端にささやかな阿弥陀堂がある。もと禅宗慈福寺の旧跡で、その本尊であった阿弥陀像を安置している。天正6年、県(延岡)の土持氏と豊後の大友氏の合戦のおり、当時の慈福寺住職は怪力無双の豪僧だったので、土持方の使者として大友氏のところに和議の交渉に出かけた。ところがその義は容れられなかったので、大いに憤慨して深夜単身大友氏の本陣に乱入して、敵将8人を倒して寺に逃げ帰り、直に自刃して果てた。このため大友軍は大いに怒り、同時に押しかけてその本尊の阿弥陀像を川に投じ、寺に火を放った。寺はたちまち灰燼に帰した。しかし川に投げ込まれた仏像は流れるどころかかえって流れを遡って行った。キリスト教信者大友宗麟の家来もさすがに弥陀の威力に怖気づいた。彼らは急に鳶口で引き上げ、寺の焼け跡に小さな堂宇を建て、安置した。今も阿弥陀の頭部に傷があるのはその時の鳶口の痕跡だと伝えられている。かような由来があるので里人の尊崇が厚く、正月16日の御開帳には遠近からの参詣者も非常に多い。なおこの像は、行基菩薩の作であると伝えられる。

■慈福寺・・・今は小さなお堂が建っている。

引用:日向の伝説(鈴木健一郎)

Copyright©2008 nAn All rights reserved.