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宇納間地蔵の由来

  ■宇納間の里を旅なれた足取りで一人の僧が歩いている。僧は前日の雷を受けて焼けた林に残った一本の樹木に目が止まった。村人たちに「あの木には仏様が宿っておられるように思えてなりませんのじゃ。出来るかどうかわからないが、それを彫り出して、この世にお姿を現していただこう」と説く。僧が人間業とは思えない見事な手さばきで彫ると、木に宿っていた御地蔵様が姿をあらわした。旅の僧は村人の問いに名を「行基」と伝えた。
お地蔵様は、宇納間の里を見下ろす市木の丘にお堂を建てて安置された。時は中世戦国時代。島津と大友の戦いで宇納間も戦場となり、市木の地蔵どうも焼かれた。ところがしばらくたって、高い滝の上で地蔵様が見つかった。「やっぱりこのお地蔵様は火の危険を察して滝まで鳥のように飛んで行かれたにちげえねえ」宇納間の地蔵様は火を防ぎ、空を飛ぶ。

(夕刊ディリーより)

宇納間地蔵

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