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大野丹後の製塩伝承

宮司の先祖は秋田県の金丸村出身で、大野丹後守帷昭。諸国を回って門川に落ち着き、中山大明神を守った。子孫の小野伊勢守藤原義久のころ、金丸村をしのび金丸と改称したといわれる。大野丹後守は学識が広く、製塩法にも通じ、日向市海岸での製塩を指導したという。製塩中に塩が固まらぬようになり、各地の神職・山伏に祈ってもらったが駄目。そこで大野丹後守に依頼したところ、結晶するようになった。しかし他の山伏らから恨まれ、追跡されて東郷町の野野先に逃げた。丹後は謝礼にもらった赤い鶏を抱き、巨木の穴に隠れたが、ニワトリが鳴き声をあげた為発見されて殺された。丹後は野野崎神社に祀られた。殺害したのは芝居をする集団であったともいわれ、以来中山神社周辺では芝居をせず、赤いニワトリは飼わないという。

民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

仲瀬神社・・・東郷町の牧水生家の近所にある野野埼の仲瀬神社です。

中山神社・・・大野丹後守帷昭がまもっていた神社です。

編集後記

東郷町史によると丹後の性は「野野埼」となっており、住まいも「野野埼の住人」となっている。民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)によると中山神社の宮司ということになっている。伝説とはこんなものかもしれないが、「丹後」「野野埼」「赤いニワトリ」など共通点も多い。又野野埼神社は中山神社のことだろう。

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