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西郷札

西郷札西南の役において、西郷軍が発行した軍票。松本清張の小説「西郷札」で一躍有名になった西郷札であるが、これによって被害をこうむった人は多い。 西郷隆盛は鹿児島を出陣する際、どれくらいの軍資金を用意していたかというと、約25万円だったという記録がある。これは一ヶ月の軍費にも満たないもので、資金は最初から足りなかった。西郷軍が宮崎に入ると、桐野利秋は、自ら総裁となって佐土原で紙切れ同然の紙幣を発行した。製造法は薄手の和紙を芯にして、両面から綿布の一種である寒冷紗をワラビ粉の強いのりで張り合わせたもので、紙幣の印刷に際しては、漆を使用した。六種類の軍用札で、総額は十四万千三百円、通用は3年の予定であったが、印刷された6月14日から可愛岳突破の8月17日までのわずかに55日でしかなかった。薩軍の敗走で宮崎を退くと、西郷札もそれにつれて北へ北へと西郷札を掴まされた人々とともに流れたが、延岡ではもう通用せず、大損害をこうむった。延岡でも古老の話ではあるが、東海地方では西郷札のせいで村八分になった人も出たという。今の胡散臭い商法と似たようなものだろう。西南戦争が終わってからも宮崎の経済は立ち直らず、西郷札の発行が原因の一つであると言われている。

西南の役資料館

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